第289話:人間と魔物。
「でも不思議ですねぇ? この人は人間なのにどうしてあんな魔物になれたんですぅ?」
ネコが不思議そうに首を傾げているのを見て、彼女の直感が正しいのだと確信した。
何故か、は分らないがそういう第六感的な何かにはとても優れてるんだこいつは。
「ジンバ、一応聞いておくぞ。まだ、やるか?」
ジンバはうつ伏せになっていた体をごろりと仰向けにして、笑った。
「はは、冗談だろ? 二度と御免だよ」
「この馬鹿ネコに感謝しろよ」
ジンバはむくりと起き上がり、ネコに頭を下げた。
「敵である私を助けてくれた事、感謝する。ミナト……君もだ。勿論、ティア、ラム……そしてシャイナも」
「別にいいさ。それよりお前にはいろいろ聞かなきゃならねぇな」
「……勿論だ。私の知っている事ならばなんでも話そう。……とはいえ、ユイシスの言った通り私は人間だ。知ってる事は限られている」
ネコの直感も大したもんだな。しかし本当に人間だったとは……。
「まず人間がなんで魔物になったのかを聞かせてくれ」
「待ってくれ、その前にまず代表の護衛をしていた隊員の治療を頼む」
俺はネコに視線で合図を送り、ネコがそれぞれ回復魔法をかけて回る。
「ほとんど怪我なんてしてないですよぉ? 気絶してるだけみたいですねぇ」
ジンバは最初から防衛隊員を殺そうというつもりはなかったようだ。
敵としては甘い。甘すぎる。
……だが、今回は助かった。これならジンバを防衛隊長として据えておくのも難しくはないだろう。
何せ人的被害はほとんどないからな。
代表もまだ目を覚まさないし今のうちに必要な話をしてしまおう。
俺はジンバに話の続きを促すと、ぽつぽつと語り始めた。
彼は魔物に滅ぼされた村の出身だったらしい。
その時魔物が村を襲った理由は、人間を拉致して実験台にする事。
何をされているのかよく分からなかったらしいが、魔物化だけではなくいろんな人体実験に使用されていったらしい。
成功したのはジンバだけ。つまり生き残りは彼のみだった。
ジンバは自在に魔物としての力を使えるように訓練され、人間社会へ潜伏させられていた。
こういういざという時に便利に使い潰す為だろう。
こいつがあの種を食ってもかろうじて自我を取り戻せたのは幼い頃からいろんな実験をされてきて身体に妙な耐性がついていたか……。
或いは、あの種自体が人間に対しては本来の効果を発揮できないかだ。
もしそれが理由ならあの時のアドルフが暴走していなかったのも頷ける。
……種の力を完全に発揮する事が出来なかったんだとしても、一切暴走する気配が無かったんだからあの野郎はよほど種と相性が良かったんだろう。
クソ野郎はクソな力と相性がいいのかもしれない。やれやれだ畜生め。
「奴等が私に何を期待していたのか、そもそも期待などしていたのか……それは分らないが、逆らえば死ぬだけだ。それならば一時でも人の中で生きていける方がマシだと思った」
今回の代表拉致に関しては突然命令されたそうだ。
隊員に成りすました伝令役に告げられ、否応なく動かざるを得なかったとの事だ。
「お前にそれを指示した奴の名前は?」
「あの場に来たのはただの伝令役だが、命令を下していたのはギャルン様からだろう」
「ほらきたよギャルンの野郎め……」
つい言葉に出してぼやいてしまった。
「ミナトはギャルン様を知っているのか?」
「……ああ、なんて説明したらいいんだろうな。そう、あいつは……俺から大事な、一番大事なものを奪いやがった糞野郎だよ。次に会ったら必ず殺す」
「……そうか、すまない。ギャルン様……いや、ギャルンの居場所を知っていれば教えてやれたのだが……私のような下っ端ではそこまでは……」
「いいさ、あいつは嫌でもそのうち俺の前に顔を出すだろうからな」
主に嫌がらせの為に。
あいつはそういう奴だ。
「あと……そうだな。あの黒鎧は何者だ?」
「分らない。ただ、ギャルンの部下である事は間違いないだろう」
ジンバは本当に魔族側の情報をあまり知らないようだった。
……しかしギャルンの部下か。
まだあんなヤバそうな奴を隠してやがったとは恐れ入る。
下手したらギャルンよりも背筋に悪寒がしたぞ。
どちらにせよギャルンとやるならいつか相手にしなければならない相手だ。
俺も覚悟しておいた方がいいな。
「私が知っているのはそれくらいだ。役に立てずに申し訳ないが……幼い頃に居た人体実験施設も、出る際に転移で連れ出されたのでどこかは分らないし……」
「もういいよ。お前だっていわば魔物共の被害者だ。これからは改めて一人の防衛隊隊長として頑張れ」
「そ、それは出来ない。さすがに私の罪は許される物では……」
頭が固いというか馬鹿正直というか。
こういう奴は嫌いじゃないが、好きではない。何故かと言えば、損する生き方だから。
『君だって似たようなものでしょう?』
全然違うだろ。俺は巻き込まれて否応なしに仕方なく選択してきただけだからな。
完全なる善意で誰かを助けてやろうなんて思った事ねぇよ。
『へぇ……じゃあそういう事にしておいてあげるわ』
そうしてくれ。
「でもな、今防衛隊から隊長が居なくなると困るのは防衛隊の奴等だぞ?」
「それは……しかし副隊長のシャイナが居れば……」
「その副隊長のシャイナが一番困るって言ってるんだよ」
俺の言葉にジンバがシャイナの方を見る。
今まで気まずかったのか、ジンバが回復してからは直視できずに居たようだ。
「……わ、私は、まだ隊長から学ぶべき事が沢山あるんだ。居なくなられては、困る」
「……ふふ、だとよ。今の言葉を聞いてもお前は防衛隊を見捨てて世捨て人にでもなるつもりなのか?」
「ミナト……まったく、君は性格が悪いな」
「なんだよ今頃気付いたのか?」
俺とジンバは目を細め、笑いあった。
……ジンバが生きていると知ったら魔物側が始末しにくる可能性もあるが、恐らくジンバは魔物側にとってそこまでの意味があるとは思えない。
なんの保証も無い俺の推測だが、おそらくわざわざジンバを消そうとする事はないだろう。
……ギャルンが俺への嫌がらせの為に、とかいう理由以外では。
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