第285:厄介な相手。


「うおりゃーっ! 今だゾ!」


 ティアが魔物の群れに突撃し、剣を振り下ろすと、衝撃波が発生し一直線上の魔物が吹き飛んでいく。


 いや、吹き飛ぶ、というよりは削り取られているように見えた。


 まるで一直線上の空間が削り取られたかのように魔物の身体が抉られ、範囲内に居た魔物は消し飛び、範囲からズレていた魔物は手足の一部だけがぼとりと地面に落ちる。


 何をやったのか知らないがエグい技だ。

 こいつやっぱり英傑祭での戦いは本気出して無かったんだろう。


「ほらほら早く行って! 私はこいつら潰してから追いかけるゾ♪」


「おう!」


 シャイナを担いだまま、まるでモーゼの十戒のように割れた魔物の群れを突き進む。


 どうやらここに集められている魔物達もただの時間稼ぎ用のようだった。

 その証拠に、ぐるりとドーナツ状に何かを取り囲むように魔物達が集まっていたようで、群れを抜けると中心部に魔物は全くいなかった。


 その代わり……。


「ミナト、馬車だ……! あっ……」


 シャイナが言葉に詰まったのも無理はない。

 馬車は車輪が一つ外れて前のめりに崩れており、周りには防衛隊員であろう数人が倒れている。


 そして……。


「なんだ、もう追い付いてしまったのか……どこまで君は規格外なんだ?」


 俺にとっては予想通り、シャイナにとっては最悪な現実がそこにあった。


「た、隊長……こんな所で何をしているんですか」


「……また面倒なのを連れて来たものだね」


 シャイナを連れて来たのは正解だったのか否か。

 少なくともジンバにとっては歓迎できない相手のようだった。


「隊長、説明してください。その、抱えているのは代表ですよね……?」


「ん? そうだよ?」


 ジンバは初めて会った時と同じように爽やかな笑みを浮かべた。


「そ、そうか……魔物達から代表を守って下さったんですね? そうですよね?」


「ミナト、なんでこの子をこんな所に連れてきてしまったんだ……私はね、シャイナの事はそれなりに気に入っていたんだよ。でもこんな所に連れて来られてしまったら……殺すしかなくなっちゃったじゃないか」


「た、隊長……」


 彼は表情一つ変えず、笑みを浮かべたまま剣を抜いた。


 脇には気を失った男性を抱えている。恐らくそれが代表なのだろう。


「俺に勝てると思ってるのか?」


「ミナト、君は確かに強い。しかし君に勝つ必要はないんだ。私はここから逃げるだけならすぐにでも可能だしね……宿舎まで戻ってしまえば君の言う事と私の言う事、皆がどちらを信じると思う? 君とは積み重ねてきた物が違うんだよ」


 だからこそシャイナがショックを受けてるんだろうが……。


「だから……残念だけど僕がまだ隊長で居る為に、シャイナだけは殺しておかないとね」


「た、隊長……嘘だ。嘘だと言ってください……!」


「おいおいジンバよ。俺がここに居るのにシャイナを殺させると思うか?」


「おっと、妙な真似をすれば代表の命は無い。君はこいつを守りたいんだろう? 君が妙な真似をすれば私は代表を殺す」


 ……嘘だな。


「お前、代表を拉致ろうとしてたんだろう? って事は生け捕りする予定なんだろうが。殺したら困るのはそっちだろ」


「おや、するどいね……でも私は自分の為ならそれくらいの命令違反は平気でする男だよ。勿論殺すのは最後の手段だけれど、殺す事は厭わない。それだけで君に対する抑止力になるだろ?」


 こいつ腹立つな……。人間を相手にする時の嫌な部分が前面に出てやがる。


 そもそもこいつは人間か魔物かって問題があるが……多分人間だ。

 ダンゲルと同じく利用されているだけだろう。


「俺ならお前が代表を殺す前にお前の腕から奪ってみせるさ」


「はは、本当に君ならやってしまいそうだよね。でもそれは百パーセントじゃない。迂闊な事はしない方がいいよ?」


 ヘラヘラと笑うその顔は余裕に溢れているように見えるが、多分そうじゃない。

 感情を押し殺してポーカーフェイスを貫けるだけだ。多分だけど。


 俺の出方を伺いつつどうにかしてシャイナだけでも殺して逃げるつもりなんだろう。

 すぐにでも逃げられると言うからには転移の手段があるとみていい。

 逃げられたらそれこそ面倒な事になるしここでケリをつけてしまいたいが……優先すべきは代表の安全だろう。


 まったく面倒な展開だな……。

 俺にとってはとても厄介な相手かもしれない。


「さぁ、シャイナ。手ほどきをしてやるからかかってきたまえ。私は片手だけで相手をしてやろう。きっとそれならミナトも邪魔しないはずさ」


 ジンバは俺の方をチラリと見て、「そうだろう?」と笑う。


「くえねぇ野郎だな……俺はそんな約束しねぇぞ。隙があればすぐにでも代表をその腕から奪ってやるさ」


「はは、やれるものならやってみたまえよ」


「そうさせてもらうのじゃ」


 背後から聞こえたその声にジンバが振り向くより早く、代表を抱えた腕が肩から切り落とされて血を噴き出した。


「ぐあっ……!?」


「よいしょっと~っ♪」


 ジンバの腕ごと代表が地面に落ちていくのを、すかさずネコが抱えてこちらに駆け抜ける。


「よくやったぞネコ!」


「えへへ~頭撫でてくれますかぁ?」


「おう、この件が終わったらいくらでも撫でてやるぜ!」


「儂も忘れてくれるなよ!」


 ラムがジンバの向こう側でほっぺたを膨らませている。


「ああ、いくらでも撫でまわしてやるよ!」


『幼女を合法的にいくらでも撫でまわせるなんてよかったわね』


 急に出てきて変な事言い出すのやめてくれる?



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