第246話:難儀な人生。


「で、まずはどこへ向かうのじゃ?」


「シュマルには私とごしゅじんが一緒に暮らしていたおうちがあるんですよぅ♪」


 ラムとネコ、二人の会話に超反応したティアがじーっと俺を見つめてくる。


 いや、見つめるというよりどちらかというと睨んでいるのに近い。


「……なんだよ」


「一緒に暮らしてた、ってあたりを詳しく聞かせてほしいんだゾ?」


 なんか勘違いしてるなこいつ……。


「俺とネコの二人じゃねぇよ。その時はイリスも居たし」


「つまり奥さんと子供が一緒だったって事でしょ?」


 ……こいつの中でもネコは奥さん認定なのかよ。まずその辺の認識をどうにかしたいところだが。


「俺達は一時期ダリルに居られない時があったんだ。その時ひっそり暮らしていたのがシュマルだったんだよ。ほら、あの丘の上に小屋が見えるだろう? あれが目的地だ」


 シルヴァに指定された待ち合わせ場所は俺達が以前住んでいた家だった。


 相手にもその場所を伝えてあるらしい。


 到着すると、なんだか物凄く昔の事のように当時の事が頭をよぎる。


 ネコを助けようとドタバタ出て行ったからなぁ……。


 ネコはラムの車椅子を押したまま、畑だった場所を眺めてなんとも言えない顔をしていた。


 当時この畑はネコがほとんど一人で管理していた。

 やはり今の雑草だらけの草むらと化している状態には想う所あるのかもしれない。


「ネコ、とにかく中に入ってみようぜ」


「うにゃぁ……はぁい」


 耳が心なしか垂れ気味になっている。


『さすが耳フェチなだけあって耳の具合で感情が読み取れるのね』

 いや、これはさすがに分かるだろうよ。


 家の中に入ってみると、かなり埃が積もっていた。

 住む人がしばらく居ないとこんなおんぼろの掘っ立て小屋はすぐに廃墟みたいになっちまうもんなんだな。


「なんだか懐かしいですねぇ」


 当時の荷物なんかも多少そのままになっている。

 あの時ネコは無理矢理連れていかれてそのままここには帰ってなかったから余計久しぶりに感じるのかもしれない。


「この家を指定されたからまさかとは思っていたが……やっぱりアオイちゃんだったのかい」


 俺達が部屋の惨状をぼけっと眺めている間に待ち合わせの相手が到着したらしい。


 それにしても……俺の事をアオイと呼ぶ人間と言えば……。


「バイドさんお久しぶりですぅ♪」

「おう、嬢ちゃんも久しぶりだな」


 ……振り向いた先で家の中を覗き込んでいたのは、ここから少し離れた所にある商業都市レイバンで、俺を守ろうとして死んだロイドの父親。つまり肉屋のおやじだった。


「……まさかお前がリリアからの潜入スパイだったのか?」


「人聞きの悪い事を言わねぇでくれよ。俺は今じゃ立派なシュマル国民さ」


 俺とネコの顔を見て懐かしいような、悲しいような、どちらとも判断つかない表情を浮かべた。


「……そうか、その……ロイドの件は、すまなかった。もう少しちゃんと見ていてやるべきだった」


「しけた面するなよ。あれは馬鹿息子が自分の生き方を貫いた結果だ。ロイドの奴は満足してるさ。それに……お前さんだってそんな事を言いにわざわざこんな所まで来たわけじゃないだろう?」


「ああ」


「とにかく中に入れてくれよ。この年にゃこの家までの道のりがしんどくてたまらねぇ」


「分かった、ちょっと待っていてくれ。掃除するから」


 一度全員を家の中から出し、俺も玄関の外まで出て部屋の中へ手を向けて引力魔法で埃だけをかき集める。


「うおっ、お前さんはただもんじゃねぇとは思ってたが……リリアが使いに出すだけの事はあるな」


 家中の埃を一つの塊にしたらかなりの大きさの球体が出来た。

 部屋の中でやらなくて良かったな……ドア通れないぞこのサイズは。


「とにかく、これで大丈夫だ。みんな中に入ってくれ」


 俺は埃玉を適当に庭先に転がし、家の中に入る。


「なぁ、アオイちゃんよ。出来ればでいいんだがあの時ここに住んでた理由、急に出て行った理由……今更またここに来た理由なんかを聞いてもいいかい?」


 おやじは軋む椅子に座るなり真面目な声で問う。

 レイバンが襲われたのは多分俺が居たから、ではないけれど、俺があの時もう少しちゃんとしてればこいつの息子は死なずに済んだ。

 せめてもの誠意としておやじには教えてやらないとな。


 俺は六竜関連の話などは差っ引いて、ダリルから勇者殺しの汚名を着せられ亡命して来た事、ネコがダリルにさらわれここを出て行った事、その後誤解が解けて旅に出た事、リリア帝国での問題を解決し、その腕を買われてシュマルまで来る事になった事などなど。勿論イリスがさらわれたという件も軽く。


 教えてもいい範囲でかいつまんで話した。

 ティアにも詳しく話してあった訳では無いし、ラムなんかはほとんど初耳だったのでおやじと一緒になって前のめりに聞いていた。


 空気を読んで口は挟まないでいてくれたのがありがたい。


「なるほどな、それでお前さん達は街を出ていったのか。それで今度は娘さんが、とはな……難儀な人生送ってるな」


「違いねぇ」


 おやじに説明する為に今までの経緯をいろいろ思い出してみたが、確かに難儀な人生だ。

 だからこそ早く平穏を取り戻さなくては。



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