第240話:ミナトの限界。


 あの後シルヴァはすぐにネコを転送してくれた。

 訳も分からず困惑しているネコに、説明している暇などなく無理矢理手を引っ張ってヨーキスとラムの居る室内へ連れていき、治療させた。


 ネコは引っ張られている間「な、なんですぅ? どうしたんですかぁ~?」とかずっとわめいていたけれど、二人を見た瞬間自分から俺の手を離し駆け寄って回復をかけてくれた。


 かなり雑に扱ってしまったというのに頭の下がる思いだった。


 彼女は自分がやるべき事をきちんと理解している。

 ……というよりは、それがさも当たり前のように二人を治療したいと思ってくれていた。


 会った事も無い二人の事を、本気で助けようとしてくれた。


 今日ほどネコの存在をありがたいと思った事は無い。


 ……少し精神的に不安定になっているんだろう。

 俺はそんな必死なネコを見ていられなかった。


 レナに、ちょっと夜風に当たってくると告げて一人外へ出る。


 もう何度目だか分らないが、定番の場所に座り込んで考える。


 考える……というより、ただ単に落ち込んでいる。


 自分がダメな奴なのは知っていたしきちんと理解はしていた。

 それでもやりたいようにやってこれたのは、そしてある程度理想を通してこれたのはママドラが力を貸してくれていたからだ。


 俺の力じゃない。

 そもそも俺だけの力では生き返ったあの時、無策にアドルフを追いかけ続け、どこかで追いついたとしてあっさり殺されていただろう。

 もしくはその道中で魔物に殺されていたかもしれない。


 俺が今までに遭遇した魔物の群れ。あんなのに出くわしていたら間違いなくに食い殺されていただろう。


 今回久しぶりに自分だけの力で戦う事になって思い知った。

 記憶も使えない、ママドラの力も無い。

 俺の身体が既に人間をやめていたから、今までの過程でレベルがかなり上がっていたから、なんとかなった。

 だけどそれも偶然復讐というスキルが発動したからにすぎない。


 俺は常に誰かに支えられてここまで来た。

 それを、もっと自覚しなければいけない。


 そんなだから一番大事な娘まで奪われる事になる。

 必ず取り戻す。


 勿論そのつもりだ。諦めるつもりはない。


 だけど……だけど、やはり落ち込むものは落ち込む。

 無力感に苛まれる。



「……隣、いいですか?」


 あれこれ考えすぎてドアが開いた事すら気付いてなかった。

 いつの間にかネコが、俺の返事を待たずに

 隣に座る。


「少しほっといてくれないか」


「えへへ、嫌です」


「……頼むよ。今お前の顔見たくないんだ」


「むぅ……酷いですぅ」


 ほんと、放っておいてほしい。

 今こいつの顔を直視したら俺の中の何かが壊れてしまいそうだ。


 ネコは俺の隣からどこうとはしない。

 ……だったら確認だけはしておかないと。


「ラムと、ヨーキスは?」


「……どっちがどっちか分からないんですけど、大きい方の女の人はもう大丈夫です。完全に元通りですよ」


「……ラムちゃんはどうなった」


「小さい子がラムちゃんって言うんですか? あの子は……アルマの力でも全て元通りという訳にはいきませんでした。体内から組織をめちゃくちゃに破壊されていて……」


 ……俺のせいだ。

 アルマなら、ネコならなんとかしてくれると思っていた。

 その考えも甘かった。

 ネコを責める事は出来ない。

 こいつは最善を尽くした。

 分かってる。

 分かってるけど……。


「ごしゅじん……」


「分かった。分かったから……たのむ、今日だけで良いからほっといてくれ……」


「だから、嫌です」


 ネコが更に俺に身体を密着させてきた。


 こいつに、こんな情けない泣き顔を見せたくない。


「寄るな。俺の顔を見るな。……見ないでくれ」


「もう、しょうがないごしゅじんですねぇ……ならこれでいいですか?」


 ネコは体育すわりで俯いている俺を背後から抱きしめた。


「これなら顔は見えませんよ」


「……一人にしてくれって言ってるんだ」


「だから、何度も言わせないでくださいよぅ。それは嫌です」


「……もう、いい。好きにしろ」

「はい♪」


 それからずっと、ネコは何も言わずに俺を抱きしめ続けた。


 悔しいが、その優しさと温かさに少しばかり気持ちが安らいだのは事実だ。


「……ラムちゃんは、どういう状態なんだ?」


「あっ、やっと話してくれましたね♪ ……命に別状はありません。この先も、普通に生きていく事はできます」


 普通に生きていく事は、できる。

 なら何が出来なくなった?

 闘えないだけならいい。魔法を使えなくなった、でもいい。それなら俺達の街で保護してやればいい。

 幸せな人生くらいなんとかしてやれるはずだ。


「……多分、もう自分の足で歩く事は……難しいと思います」


「……っ」


「ごしゅじん、泣かないで下さい」

「……泣いて、ねぇ、し」


 嘘だ。

 もう感情の制御なんて出来ない。

 後ろから抱きしめてくれているネコの手にだって俺の涙がぼろぼろ落ちている。


 それでも、泣いているところなんて……。


「ごしゅじん、さっきの言葉は撤回します」


「……?」


「やっぱり、今日だけは……泣いていいですよ」


 もう、限界だった。



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