第238話:娘。


 ラムの家の中に直接移動したものの、そこには血まみれのヨーキスが倒れていた。


 畜生、いったい何があったっていうんだ。


「ヨーキス! 大丈夫か!? 大司教どもが来たのか!?」


「う、うぅ……み、ナ……ト……?」


「今治してやるからな!」


 地面に転がる血塗れのヨーキスに急いで回復魔法をかける。


 くっ、傷が深い……! 俺の魔法程度じゃ一時しのぎにしかならないぞ。


 相手がどこの誰か分からないからか、復讐者も発動しなかった。

 ラムと違ってヨーキスは肉体的な怪我だけだから復讐者のブーストがかかっていれば俺の魔法だけでも命を助ける事くらいはできるはずだ。


 このままではラムもどんどん衰弱していき、ヨーキスもそう長くはもたないだろう。


 ここでこの二人を死なせる訳には……!


「ぼ、ボスは……」


「大丈夫だ生きてる。だからお前も生きろ!」


 なんとかありったけの魔力を込め回復魔法を唱え続ける。傷はなんとか塞がった。

 しかし失血が多すぎる。


「ミナト!? いつ戻ったの!? って、今はそれどころじゃないんだよ!」


 ドアを勢いよく開けてレナが転がり込んできた。


「レナか、ちょうどいい! 状況を手短に説明してくれ!」


「わ、分かった……ここに、大司教ってのが二人きたんだけどそれはイリスちゃんがやっつけてくれたんだ」


 イリスが二人とも……? さすが俺の娘だ、よくやった。


「でも、だったらなんでこんな事になってるんだ!?」


 ヨーキスを守り切れなかったのか?

 そもそもなんでヨーキスは部屋の中に倒れてるんだ。

 荒れた形跡も無いしここで戦闘が起きたとは思えない。


「そ、それが……」


「なんでもいいから早く説明しろ!」


「グオォォォォォォッ!!」


 地面を揺るがすほどの咆哮。

 外に、何かとてもつもないのが居る。


 ヨーキスの隣にラムを寝かせ、部屋から飛び出す。

 ラムの隔離空間のような物が解除されているらしく、部屋の外はすぐ森だった。


 しかしそんな事はどうだっていい。

 なんだこれは。


 目の前に、巨大な……。


 ドラゴン、だと……?


「グオァァァァァァァァァァァ!!」


 ビリビリと空気が震え、その圧だけで俺はへたり込んでしまいそうだった。

 とてもかなう相手じゃない。


 俺が万全の状態だったとしても、こいつには勝てる気がしない。


 ふいにドラゴンが口を大きく開け、力を溜めていく。


「お、おい……なにを……」


 ゴアッ!!

 耳を劈くような轟音。

 そして目の前が真っ白になるような眩い光。

 神々しさすら感じる。


 ブレス、と形容する事すら違和感を感じるほどの一撃。

 大地を一直線に無に変える一撃。


 あんなもの食らったら一瞬で消し飛んじまうぞ……!


「レナ、レナ! アレはなんだ!? どこから湧いて出やがったんだ!」


 分かってる。

 本当はもう分かってるんだ。

 一目見た瞬間から、なんとなく気付いてしまった。


「ミナト……あれは、イリスちゃんだよ」


「糞がッ!!」



 すくむ足をパンっと叩いて自分を奮い立たせる。

 意を決してドラゴンの……イリスの身体を一気に駆け上がった。


 今のイリスにとって虫けらのようなサイズの俺なんか気にもならないようで、イリスは暴れ続けた。


 先程のブレスの被害が目に飛び込んでくる。

 どうやら今の一撃が初撃だった訳ではないらしく、すぐ近くにもう一本破壊の痕跡が見えた。


 きっと転移ヴェッセルを使えなかった理由はこれだ。

 方角的に、イリスの一撃は大神殿を破壊したのだろう。

 そこに居たであろう十万の命もろとも。


「イリス! 俺だ、ミナトだ! 落ち着け。もうやめろ!」


 イリスの頭の上まで到着した所で叫ぶ。

 せめて少しでもイリスとしての意識があるのであれば……。


 イリスが巨大なドラゴン化したというのを認めた時点で、これが何者かの仕業なのは分かっていた。

 洗脳され、もはや意識すら残っていないと思っていた。


 だが、俺の声にイリスの身体はピタリと動きを止める。


「イリス……! もう大丈夫だから。俺もラムも帰ってきたから! もういいんだ」


「グルルル……」


 イリスの身体がみるみるうちに小さくなり、元の姿に戻ろうとしていた。

 さすが俺の娘だ。


「いい子だ。もう大丈夫だからな」


 ある程度サイズが小さくなったところで俺は飛び降り、元の姿に戻ったイリスの元へ駆け寄る。


 ……だが、俺とイリスの間に招かれざる客が現れた。


「まったく。親子の絆、というのはなかなかどうして思ったよりも面倒な物ですねぇ」


「ギャルン……!! やっぱりてめぇの仕業か!」


「私の仕業、ですか。いえいえ、これを引き起こしたのは私ではなくダンゲルというエルフですよ」


 ギャルンはのっぺりとした能面を一撫でしながら声だけが笑っていた。


 ダンゲルだと……?

 あいつ、こいつに言いくるめられて何をやらかしたんだ……。


「彼は実にいい働きをしてくれました。この娘に私の魔力を直接流し込むための触媒を植え付けさせた上で、感情の昂ぶりを誘発させた。見事なものです」


 まるで自分の成果を自慢するようにギャルンは大きな身振りで語った。


 感情の昂ぶり……それが、ヨーキスか。


 ギャルンはわざわざダンゲルを利用してまで……なにが目的だったんだ?


 イリスを暴走させる事自体が目的とは思えない。


 ダンゲルもダンゲルだ。何の為にギャルンについたのか知らねぇが、同族のエルフを刺すほどの馬鹿はやらない奴だと思ってたよ。


 相変わらず俺は人を見る目が無いらしい。


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