第158話:とぐろ。


 そこから先は実況者の無理矢理なハイテンションボイスのみが響き渡る。


 会場の観客は静まったまま一回戦の第五試合、ディグレ対レーヌの試合を見守る。


 その戦いも熾烈を極めたが、全体的にディグレと呼ばれた栗色の髪をした男の方が全体的に攻守共に一枚上手だった。


 いい試合だったと思う。

 二人とも強かった。


 ディグレの全体的なバランスの良さもさることながら、とにかく多彩な魔法を扱うレーヌという女英傑も見事だった。


 だが、その試合に歓声も罵声も、何もなく静かなまま拍手の一つも起きなかった。


 目の前で起きた試合の事よりも先ほどのティリスティアの戦いが脳裏に焼き付いてしまったのだ。


 良くも悪くも、皆彼女に魅せられていた。


 俺はこんな空気の中闘わなきゃならんのか……。

 相当気が重いんだが……。



「き、気を取り直して一回戦最終試合、行くぜーっ! これまた特別参加のミナト対クシェル!! まさかこっちの特別参加枠も物凄いのかーっ!? 刮目して見よ!」


 俺がティリスティアと同じ特別枠だからか、「まさかあいつも……?」みたいな事をひそひそ話合う声が聞こえる。

 勝手に俺のハードルを極限まで上げるのをやめてもらいたいんだが……。


「ミナト様! 頑張って下さいまし!」

「ごしゅじーん頑張ってくださいね♪」

「まぱまぱーぶっころだよっ!」

「ギャハハハ! 俺も混ざりてぇなぁ」

「ミナト殿、応援しているぞ!」

「ミナトちゃん、相手殺しちゃダメだからね」

「直接貴様の戦いを見るのは初めてだな……期待しているぞ」

「ふん、貴様など負けてしまえ」


 ぽんぽこ、ネコ、イリス、ゲオル、アリア、ジオタリス、エクスの声援とロリナの負けろコールを受けながら舞台へ向かう。


 相手はクシェル。男だが中性的で細身、見るからにモテそうなお耽美タイプ。


「やぁミナトさん。お手柔らかに頼むよ」

「できるだけ手加減してやるから死ぬなよ」

「はは、気の強いお嬢さんは嫌いではないけれど……僕も一回戦なんかで負ける訳にはいかないからね。全力で相手をさせてもらうよ」


 見た目通り無駄に紳士だ。


 クシェルが妙にのけ反ったポーズから英傑武器を華麗に取り出す。どうやらレイピアのような武器らしい。

 刀身がやたらとしなる素材の厚みを感じない物なので、突きに特化した武器なのが分かる。


「では行くよ」


 一応俺も期待に応えて似たような事はやっておくか。


 クシェルの鋭い突きはなかなかの物だったがクイーンに比べると速度はまだまだだった。

 ので、指でつまんで先端をへし折ってやる。


「なっ、僕のシューティングスカイが!」


 なんだその名前……。

 俺がそのシューティングスカイとやらをへし折った事によりクシェルは涙目になってしまう。


 こいつ英傑として本当に強いのか?

 俺はもしかして外れ枠と当たってしまったのでは?


 今の所ジキルの方が余程手応えがあったが……。


「君という奴は……僕の美しさを損なう者には死、あるのみ!」


 ぼごん! という音と共にクシェルの肩が盛り上がる。

 二の腕が膨れ上がる。太ももが丸太のようになる。腹筋が……もういい。

 とにかく目の前のお耽美なクシェルが筋肉だるまになってしまった。


「ふしゅーっ!!」


 口から煙みたいな息を吐きながら突進し拳を振り下ろす。

 それをちょっと後ろに飛びのいてかわすと、舞台の床がべゴリと円形に砕けた。


 おぉ……これはなかなか。というかこの形状どこかで見た事あるんだよなぁ。


「でたぁぁぁクシェルの爆裂鋼体!!」


 ……実況が何やら盛り上がっている。もしかしたらここからがこいつの本領発揮なのかも。

 毎回のようにお耽美ぶって途中からブチ切れてこうなる展開なんだろうか?


「どうだぁぁこの僕の鋼の肉体から繰り出される、剛腕、剛力、貴様のような細腕で受けられるはずも無し! 僕のフルパワー100%を見よ!!」


 脳筋野郎め……でもな、これならアリアのマッスルコンバージョン状態の方がよほど凄いぞ?


 闇雲に振り回されるそのぶっとい腕を指一本で受け止めてみせる。


「ぬおぉぉぉなんなんだ貴様ぁぁぁ!!」

「これがお前の100%か? 笑わせんなよ」


 俺の挑発にクシェルの顔が歪む。そして、更に変形していく。

 肩から変な突起物が出て筋肉がまるで蜷局を巻くようにさらに妙な形に隆起していく。


 おいおい……。


「僕は負けない……行くぞ、100%中のぉぉぉ……120」


「言わせねぇよ馬鹿野郎!」


 どこかで聞いた事のある台詞が出る前にその顔面を掴んで地面に叩きつけた。

 それだけ首の筋肉が太ければ死にはしないだろう。


「ぐっ、がっ、ががっ……」


「おっ、まだ元気そうだな……じゃあお前の戦意が喪失するくらいのもんを見せてやるよ。特別だぜ?」


 俺は周りから見えないように魔法で煙幕を作り出し障壁内にまき散らす。


 そして腕を竜化させ、思い切りクシェルの顔面……の脇の地面をぶっ叩いた。


 瞬間的な爆音と炸裂音が先に来て、その後に実際地面がはじけ飛ぶ。

 俺はクシェルの身体を盾にさせてもらった。


「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃーっ!」


 やがて煙幕が消える。


 そこに残されたのは完全に砕け散って消し飛んだ舞台と、指一本動かせなくなって泡を吹いているクシェル。


「ぶ、舞台が……無くなっちゃった……」


 爆発に巻き込まれて吹き飛ばされ、ひっくり返っていた実況が呆然と呟いて一回戦は全て終了した。


 次は二回戦が始まるのだが、舞台が無くなってしまったのでこの後俺は責任とって舞台を作り直す仕事をさせられる事になる。


「こいつなら直せるぞ」

 なんてエクスが言い出したのが悪い。


「肝心な所を余に見せなかった罰だ」


 やむを得ず俺は観衆の中、舞台再生パフォーマンスを強要される事になった。


 戦いの後、観衆はずっと静かなままだったが、一人、ティリスティアだけが笑い転げていた。


 どこに笑うポイントがあったのか教えてくれよ……。


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