第155話:クイーンと脱力。
しかしジキルの卑怯ともいえるほどの周到な準備からの攻撃……それをいともたやすく跳ね除けたというファナシスの攻撃はどんな物だったのだろう?
今更ながらちゃんと見ておけばよかったと後悔する。
「お前は今の戦いちゃんと見てたか?」
「なんとなくは見ていたが? さほど興味を惹かれるような物ではなかったな」
エクスは表情を一切崩さずにそうボヤいた。
「ジキル……あー、負けた方の攻撃をファナシスって奴がどうやって対処したのかと思ってさ」
「それなら簡単だ。あのジオタリスという奴が戦った相手の衝撃波があっただろう? あれと似たような物だろう」
……なるほど。そこまで来ると俺でもなんとなくわかる。
「音波か」
「正確には分らんが、空気に振動を与えていたのは間違いないだろうな」
何かの実験で音波による振動が砂鉄を動かす様子を見た覚えがある。相手が使ったのはそういう類の攻撃なんだろうな。
だとしたらジキルには悪いがジオタリスと違って運が悪すぎた。
相性が最悪だったんだろう。
……いや、それともファナシスって奴がジキルと戦った時の為に対策を練ってきていた可能性もあるか。
「エクスもずっと英傑王なんかやってるんだからほかの英傑達から対策を練られてるかもしれないな」
「ほう……? それならそれで楽しみが増えるではないか。むしろ余の戦い方に何か対策が取れるとは思えないが……もしそんな方法があるとしたら圧倒的な防御力と全てを粉砕する火力のみだ」
そう言えばこいつは街一つ丸々包み込むほどの障壁を張れるんだったな。
それを自分にだけ集中して使用したのならば並大抵の攻撃では貫けないだろう。
それに、こいつのこの言い方を聞いた限りでは攻撃方法もきっと高火力物理なんだろうなぁ。
とにかくそれを高い防御能力で防ぎきり、エクスの障壁をぶち抜く火力で粉砕するしかない。
一番単純かつ一番面倒な相手だ。絡め手が通用しないなら実力差でしか乗り越えられない。
「まぁ貴様と戦って勝てる気はせんがな」
そう言ってエクスはわずかに微笑む。
「そりゃどうも」
エクスからしたら俺みたいなのが一番の天敵なんだろうな。
「一回戦、第三試合は……クイーン対ラピルタ!」
今まで隅っこの方で静かに試合を眺めていたクイーンがすっと立ち上がり、こちらに軽く手を振って舞台へと進む。
それを追うように黒髪散切り頭、顔には妙なマスクをしてまるでカラスのような黒ずくめの男が歩いていく。
その表情は前髪が覆い隠しており窺い知る事が出来ない。
観客の中には熱狂的なクイーンのファンがいるらしく、まるでアイドルのライブのようなコールが響き渡っていた。
「準備はいいかぁぁぁ!? では第三試合っ、始めっ!!」
始め、の声が終わる前にクイーンの姿が消える。
俺が最初に食らった不意打ちと同じだ。
クイーンはとにかく初手で相手を確実に無力化する方向に特化している。
そしてその攻撃が見事にラピルタの顎を捉え、斜め下から逆方向の斜め上へと打ち抜く。
開始一秒でラピルタはゆっくりと崩れ落ち……ながら、クイーンの足元へ下段蹴り、足を払った。
「なっ!?」
バランスを崩したクイーンが倒れ込みながらも身体を回転させ追撃をかわし、慌てて飛びのく。
「……っ、完璧に入った筈だが」
「くひひっ、俺はこういうのには強いんだ。多少脳味噌はシェイクされたが世界が回る感覚もまた良し」
「ちっ、これだから男は。二度も立て続けに破られるとは腹が立つ……」
「二度……? 何を言ってるか分からないけどもっともっと俺を楽しませてくれよ!」
ぐにゃり。
ラピルタの身体がまるで関節など元から無かったかのように弛緩した。
脱力? あれか? 完全なる脱力によって攻撃の衝撃を受け流すとかなんとか。漫画で読んだ事があるな。
「俺は自身のこの能力を嫌っていた。美しくないし細い所を通り抜ける程度にしか役に立たないからだ」
「先に言っておくが私は軟体動物と軟弱な奴と男が大嫌いだ」
「へぇ……だったら柔らかいのもいいって教えてやるよ……」
会場からラピルタに向けての罵声が響き渡る。
クイーンにセクハラ染みた発言をした事が許せなかったのだろう。
やっぱりアイドルか何かみたいになってる。
「ほざいてろ」
再びクイーンが高速移動を開始し、目にもとまらぬ連撃をラピルタにあびせていく。
ラピルタにはそれを見切る事は出来ず、次々にクイーンの連撃をその身に受けていく。
「こりゃクイーンの勝ちかな」
「お前にはそう見えるか?」
俺の呟きにエクスが不穏な事を言う。
「この状況から負けるか?」
「単純思考極まるな……あのクイーンという女はスピード特化型だろう? それに対しあちらの男は……あの程度の威力の打撃はダメージにならん」
……あれだけボロクソ打ち込まれていても全くダメージが無いっていうのか?
もしかして最初の一撃からして崩れ落ちたのではなく脱力して完璧に力を受け流した結果だったのだろうか?
「そして……俺の記憶が確かならあいつの主な攻撃方法は……」
エクスも意外と他の英傑の情報を知ってるじゃないか。興味ないとか言っておいてただのツンデレかよ。
確かにジオタリスの情報だとラピルタって奴は柔軟な身体を駆使した変則的な攻撃を得意としていて、獲物も扱いやすいダガータイプだとか。
完全にアサシンのような特徴だが、スピードで完全にクイーンが上回ってしまっているため相性が悪いように見える。
……ただ、俺も今気付いたんだがあの状態の身体って何をどこまでできるんだろう? それ次第では結構めんどくさいかもしれない。
特にクイーンみたいなタイプにとっては。
「うわっ」
なかなか倒れないラピルタにイラついたクイーンが大振りをした時、この時を待っていたとばかりにラピルタが伸びた。
言葉通り、なんか伸びた。
正確には骨の関節を片っ端から外して限界まで身体を柔軟にした状態でクイーンの身体に巻き付いたのだ。
「やっ、やめろ……気持ち悪いっ!」
「ひひひっ、これでスピードも封じられたなぁ?」
クイーンの絶体絶命な状況よりも、どちらかと言えば彼女の身体に男が密着、巻き付いている事の方に会場から絶叫があがっていた。
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