第133話:イルヴァリース様がみてる。


「お姉様! いったいそいつらは何者なんですか!? 今日は私と約束があったのを忘れてしまったんですか!?」


 クイーンの案内で彼女の屋敷へ踏み入れた瞬間これだ。

 物凄く面積の小さいビキニを着た少女が俺達に睨みをきかせながらクイーンに縋りついてきた。その眼には大粒の涙がぼろぼろ。


「す、すまない……これには深い訳があるんだ」

「私よりもその女たちの方を選ぶんですか!?」

「い、いやそうじゃなくて……!」

「お姉様の馬鹿ーっ!」


 ばちーん!!


 マイクロビキニ少女はクイーンのほっぺたに思い切りビンタして泣きながらどこかへ行ってしまった。

 さすがにあの格好で外に飛び出したりはしないと思うが……。


「おい、よかったのか……?」

「うぅ……全く良くない。良くは無いのだが……」

「クイーン……ご、ごめんなさいなのですわ」

「いえ、姫が謝る事では……こ、こほん、それより……こちらへ。詳しく事情を聞かせて下さい」


 クイーンの自室に通された俺達は目を丸くした。

 そこには【お姉様誕生日おめでとうございます♪】と書かれた大きな垂れ幕がかかっており、部屋の中心には豪華なケーキらしき物が。



「あのぅ……多分さっきの子を追った方がいいと思うんですけどぉ……」


 真っ先に口を開いたのはネコだった。

 意外と気が利く事も言えるんだなこいつ。


「う、うむ……そう、だな。すまない皆、今日はこちらで部屋を用意するから詳しい話は

 明日にしてもらってもいいだろうか?」


「どういう事ですの!? こちらは大事な話がむぐむぐっ!!」


 空気を読まずに騒ぎ出したぽんぽこをイリスが後ろから羽交い絞めにして黙らせる。


「イリス、ナイスだ」

「えへへ~♪ きっとこれが正解だと思ったんだ~♪」


 イリスも大分人の心とか感情とかが分かるようになったという事だろう。親として嬉しい。


「とにかく俺達の事はいいから早く追いかけてやれ」


「かたじけないっ!!」


 そう言ってクイーンは慌てて部屋を飛び出していった。


「ぷはぁっ! いったい何をするんですの!? わたくしたちが今どういう状況か分かっていますわよね!?」


「あのなぁ、この部屋の状況を見てそれしか言えないようじゃ上に立つ者として失格だぞ?」

「うぐっ……」


 なにやらぽんぽこはそれいこうかなり凹んでしまったらしく一言も喋る事はなかった。


 無事に少女を見つけて二人で帰ってきたクイーンは俺達に部屋を割り振り、少女と二人で自室へ消えていった。


 クイーンの自室の隣から数部屋が来客部屋になっているらしく、一人一部屋割り振ってくれたのでかなりのんびりできる。

 ベッドもなかなかのフカフカ具合で今日はよく眠れそうだ。


 夜も更けてきたころ、部屋を誰かがノックする。


「……誰だ?」

「わたくし、ですわ」


 ぽんぽこが俺に何の用だよ。昼間の一件でまだ文句があるのだろうか?


「入っていいぞ」

「では……失礼しますわ」


 ぽんぽこは部屋に入ると無言でスタスタと俺の所まで歩いてきて、ベッドにすとんと腰を下ろす。


「な、なんだよ」

「えっと……その……ひ、昼間の件ですわ」

「あーやっぱそれか。お前も焦ってるだろうし言いたい事あるだろうけどさぁ……」

「違いますの」


 ぽんぽこはバツが悪そうに俺から顔を背け、「あ、謝りに来たんですわ」と言った。


「謝りに……? お前が? 俺に?」

「な、なんですの? わたくしが謝ったらおかしいって言うのかしら!?」

「いや、そうじゃねぇけどさ」


 ぽんぽこは怒ったような表情をしながらも、ちょっと寂しそうだった。


「貴女に言われた事をずっと考えておりましたの」

「俺に言われた事……? すまん、なんか気に障る事言ったか?」


「もう、自分の発言くらい責任を持って下さいまし。上に立つ者として失格だと……」


 あぁ、言ったなそう言えば。


「それで、その……わたくしなりにいろいろ考えてみたんですの」

「わざわざそれを言いに来たのか……? 答えが出たって事だろ?」


 ぽんぽこはちょっと俯きがちに呟く。


「はい。貴女の言う通りですの。わたくしは自分の事しか考えておりませんでした。勿論わたくしの中では重要な事ですし、この国全体にとっても重要な事ですので一刻も早くどうにかしなければいけない事だというのは変わりませんわ」


 まぁそれはそうだろうな。姫様ってポジションで考えるならこれ以上ないくらい国の一大事だし、自分の身体が獣人に変わってしまった、なんて本人にとっては大問題だ。ぶっちゃけあそこでぽんぽこに注意をした事自体俺の間違いかもって思うくらいに。


「でも、人々の上に立つ立場の人間が自分の事ばかり考えていたのではいけませんわよね。国の一大事をどうにかしたいという気持ちはあれど、あの時のわたくしはクイーンとあの少女の気持ちなんて一切考えておりませんでしたもの。国民を大事に出来ない者が国を救える筈ありませんわ」


「……俺も人に偉そうにああだこうだ言えるような人間じゃねぇけどよ、俺なんかの言葉を真剣に受け止めてその答えを出せるようならお前は立派な王になれると思うぞ。素人考えだからあまり間に受けられても困るけどな」


「……ミナト様」


 様付けなんかで呼ばれるとむず痒い。


「ふふっ、ミナト様はお優しいですわね。わたくしが姫だと知っても態度を変えずにきちんと注意して下さいますし、わたくしがきちんとした回答を導き出せるようにして下さっているのがわかりますわ」


「待て待て、それは完全に買いかぶり過ぎだぞ。俺はこんな性格だし姫相手にタメ口聞くような素行の悪い人間だ。どっちかっていうと俺みたいな奴の言葉を間に受けてきちんと悩む事が出来るお前が凄いんだよ。俺はなんも考えてねーから」


『随分謙遜するじゃない』

 本当の事だろうが。俺なんてこの国に関係無い第三者なんだからあれこれ口を挟むのなんて気楽なもんだけどよ。こいつからしたら自分の国の問題だし姫って立場なんだからさ、こういう対応が出来るのはすげーことなんだよ。

『そういう所なのよねぇ……』

 何がだ。


「そういう所、ですわ」

「えっ、何が? ごめん、聞いてなかった」

「もう! わたくし今大事な話してますのよ?」

「悪かったって。ちょっと頭の中でイルヴァリースと話してたからさ」

「あら、そうでしたわね……ではわたくしの言動は全てイルヴァリース様にも筒抜けという事ですか」

「まぁ、そうなるな」


 そこでぽんぽこは立ち上がってぱんぱんと服を二度払い、背を向けて扉へ向かう。


「夜分に失礼しましたわ。それと……イルヴァリース様にお伝えください。貴女が見ていなければわたくしは冷静ではいられなかったかもしれませんと」


『……へぇ』

「ちょっと待て、それはどういう意味だ?」


 ぽんぽこは部屋から出て、ドアの向こうからひょっこり顔だけ見せて、ぺろっと舌を出した。


「ミナト様には内緒ですわ♪ それではおやすみなさいませ」


 ばたんと扉が閉まり静寂に包まれる。


「……いったいなんだったんだ?」

『ふふっ、君にはきっと分からないわよ』


 女ってのは分んねぇ事ばっかりだわ。


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