第125話:ミナトP。


 ウォールの街は、街というよりも労働施設とペットショップが一緒になったような雰囲気だった。


 見渡せばあちこちで獣人が重労働をさせられ、店を覗けば檻だらけ。その中にはガリガリにやせ細った獣人が入れられている。


 健康体な程値段が上がり、貧弱そうな程値段が下がる。

 しかし例外もあり、獣人の中でも人型に近い外見なら男女共に値段が跳ね上がる。

 その中でもランクがあり、おそらく店主が外見で判断しているのだろう記号による表記が振られていた。


「……実際に足を運ぶのは初めてですが……ここまでとは思いませんでしたわ」

「姫……じゃなかった、ぽ、ぽんぽこが獣人と和解をしたいと考えているのは周知の事実だったから、こんな所を見せる訳にはいかないという判断だったんだろう」


 ジオタリスが呼び方、口調などに四苦八苦しながらぽんぽこへ説明する。


「わたくしの考えが周知の事実、というのは本当ですの? 確かにここへ視察に行きたいとお父様にいくらお願いしても聞き届けてはもらえませんでしたわ。やはりお父様もグルなのですわね」

「い、いえ、そうではありません! きっとヴァールハイトの奴が……!」

「気休めはやめて下さいまし。ヴァールハイトが来る以前からここはこうだったのでしょう? ならばこの国の体制を整えた国が、王族が諸悪の根源ではありませんか」


 ……このぽんぽこ姫は一件滅茶苦茶なようで意外としっかりしているというか……どちらかというと思い込んだらそれしか見えないってタイプかもしれないが、個人的にはあまり悪い印象は無かった。


 妹がいたらこんな感じなのかなって考えて、やっぱり何か違うなと思い直す。


『……? 何を言ってるの? 君には……』

 俺には、なんだ?


『……いえ、なんでもないわ』


 妙にママドラの歯切れが悪い。

 俺が実は妹が欲しいのがバレてしまったのだろうか?

 なんだか妙に恥ずかしい。


『……どういう事?』


 ママドラはしばらく何かを考え込んでいたけれど、何に引っかかっているのかは教えてもらえなかった。

 前から思っていた事だがこっちの考えは筒抜けなのにあっちの考えが全く分からないのは不公平なのでは?


『それは人とドラゴンの存在力の違いってやつよ諦めてちょうだい』


 それには即答なのかよ。


『レディには秘密や不思議な部分があった方がウケがいいのよ♪』

 誰からのウケだよ……。


「ぽんぽこ、ジオタリス、お前らがどう思うかは分からないが、俺にはこの眺めがごく当たり前で普通な状態とはとても思えない」


 二人とも俺の言葉を聞いて黙る。

 姫は大きく頷いて、当然だと言わんばかりだがジオタリスは俯いて歯噛みしているようだった。


 価値観がある程度変わった事によってこいつにもこの場所が今までとは違うように見えてきているのかもしれない。


「わたくし……ここの獣人たちを全員解放して差し上げたいですわ」


 その考え方は立派だと思うが……。


「ちょっと難しいだろうな」

「どうしてですの?」

「例えば、だ。ここの獣人たちを解放するのにどうするのが一番だと思う?」

「それは……」


 ぽんぽこはとある店の前で立ち止まり、考え込む。


「……ですが、しかし……」


「そう。結局のところこの国そのものの価値観を変えなきゃダメなんだよ。仮にこいつらを解放するだけなら簡単だ。俺が大暴れしてこの街にいるだろう英傑をぶちのめし、店を全て破壊して回ればいい」


 やれば出来るだろう。あまり目立ちたくは無いが。

 でも、その方法は……。


「だ、ダメですわ! それではこの街に住まうリリアの住人たちが……」

「その通りだ。ここはリリア帝国で、ウォールの街だ。俺が獣人たちを解放する為に暴れれば街の人達が少なからず死ぬぞ」

「くっ……黙って、見過ごせと言うんですの?」


 こいつはやっぱりちゃんと考えてるしいろいろ配慮の出来るタヌキだな。


「見過ごせ、とは言わない。だけど、こいつらを本当に開放したいなら最小限の被害に抑える方がいいだろう? 俺達がどうにかするのは帝都だ。ここじゃあない」


「分かってます。分かってますわ……でも、この街の英傑を説得して……」

「そのタヌキの姿でか?」

「は、話せば分かってくれますわ! わたくしがわたくしであると証を立てられれば……」

「どうやって?」

「それは……」


『虐めるのもそのくらいにしなさいよ。かわいそうじゃない』

 この子はきっと出来る子だから。もう少し現実を知ってその上で判断できるようにした方がいい。

『なによその俺が育ててやるみたいな感じキッモ! プロデューサー気取りキッモ!』


 ママドラの言葉は無視だ。だってこの子はこのリリア帝国を変える為に必要な人材になるだろうから。


「いいぜ、そこまで言うならこの街の英傑の所へ行こうじゃないか」

「えっ、いいんですの?」

「おいミナトちゃん、行ったって……」


 ジオタリスが止めようとするが、俺は口元に人差し指を当てて黙れの合図をする。

 きちんとジオタリスは俺の意図を把握してそれ以上口を挟まなかった。眉間に皺は増えたけれど。


「じゃあ英傑の家まで案内してくれよ。ここにはどんな奴がいるんだ?」

「ウォールには……確かジキルが居る筈だ。ここからでも見えてるあの一番大きい屋敷だよ」


 ジオタリスの指さす方を見ると、確かにここからでもよく分かる。明らかに他とは違うサイズの、まるで宮殿のような建物があった。


「そうと決まれば行くぞ」

「話を、聞いてくれるだろうか?」


 アリアも不安そうに俺の顔を覗き込む。でも大丈夫だ。


「なんとかなるさ」


 どうせ門前払いだろうけど。

 話を聞いてくれなければ、話を聞くしかないようにしてやればいい。


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