第92話:神室の館。


 アルマって奴は余程平和主義者だったんだな……。


『そうね。だからこそあの時も貧乏くじを引いて最後まで……』

 すまん、思い出したくない事だったか?

『いえ、どちらにせよアルマがここにいるというのならそれでいいじゃない。たとえそれがどんな姿だとしても、アルマが残した物がこれだというのなら受け入れるわ』


 ……なるほどね。じゃあぶっ壊す訳にはいかないか。


「でもここに来た村人達が俺達に見えないのはどういう理屈なんだ?」


「それは見えないというよりも違う所にいるから視界に入らないだけなのです」


 違う所にいる……?


「簡単に説明すると、貴方がたが居るのとは別の次元に村人たちはいます」

「別の次元だと……?」

「同じくこの館なのですがほんの少しだけズレた空間です。同じ時間同じ場所に存在していても視認する事は叶いません」


 俗にいうパラレルワールド的な?

 それを意図的に作り出して別々に人を迎え入れていたのか。


「見えない理由はなんとなく分かった」

「マジか俺には何がなんだかさっぱりだぜギャハハ!」


 ゲオルがアホ丸出しで驚いてるけどそりゃそうだろう。お前は他に人が居てそいつらが見えないとか知らねぇだろうが。


「夢の種ってのはなんだ? あんな物が存在する事自体いまいち信じられん」


「夢の種……それはこの空間で収穫した種でございます」


「この空間ってお前……どこにもそんな……いや、それも時空のズレってやつか?」

「その通りでございます。皆様にも見えるように致しましょう」


 かむろがそう言うと掌をパンパンと二度鳴らす。


「うおっ、なんじゃこりゃあ! 急にアルマの気配が濃くなったぞ。俺はあいつの甘ったるい匂いが苦手なんだよ……」


 ゲオルが目を細めて額に手を当てる。

 確かに彼が言うようにかなり甘い匂いが急激に広がった。ただ気配とかそういうのはよく分からない。

 そしていつの間にかこの広い空間を取り囲むように細く長い蔦が縦横無尽に伸びていた。


 今まで別次元に存在していた為俺には見る事が出来なかったらしい。


「アルマ様の力が長い時間をかけて植物に影響を与えた結果です。美しいでしょう?」


 確かにかむろの言うようにこの植物は至る所に真珠のような実をつけていて、それがキラキラと美しく輝いている。


 俺達の会話に割って入らないように静かにしていたイリスも興味津々といった様子でその輝く実を見つめていた。


「この実から取れる種が夢の種です。アルマ様は癒しの化身。この実、そしてとりわけ種には身も心も癒すアルマ様の力が凝縮されております」


「身も心も……? じゃあ俺達が望む料理に見えたりその味がしたのは……」


「はい。アルマ様の癒しの力その物でございます」


 ……厨房に居たちっちゃいおっさんは夢の種を調理して俺達に出していたと言ってた。

 どんな加工をされた所で種が中華料理の外見や味になったりはしないと思うのだが、それすらも誤認させる力が満ちているらしい。


「その辺の事情は大体分かったけどよ。お前が宇治抹茶を京都産にするなんて言ったのは何故だ? さすがにその情報は夢の種だけじゃ説明がつかないだろう?」


 俺の言葉を聞いて、かむろが一瞬苦笑いしたように見えた。


「おやおや……さすが尊きお方。やはりアレは探りを入れていたのですね」

「まぁな。何か不自然なのは分かってたし」


 かむろは肩をすくめ、諦めたように語り出した。


「私はアルマ様の使徒なのです」

「使徒……?」


 使徒なんて言われると襲来する物くらいの偏った知識しかないのでどういう意味か分からなかった。


「使徒というのは……そうですね、お力を少し分けて頂いているんですよ」


「俺とイルヴァリースみたいな物か?」


 だとしたらアルマが今生きてるか死んでるかはともかく、契約者という事になるのだろうか? もしそうなら俺と同じような状態か?


「尊きお方、貴女が今どういう状況なのかは私には分かりかねますが、私はここの植物と同じです。長い時をアルマ様と共に過ごす事で私という存在が変質しただけなのです」


 変質ってそんな事ある? 俺と一緒に居たらネコとかも妙な力を得るってのか?


『それはちょっと違うわ。今のアルマは……多分核の大部分を欠損して自我や意識を失った存在になってるんだと思うの。私達は核さえあれば復活できるって言ったわよね? でもアルマはその機能が不完全になっている……つまり、元に戻そうという力だけが働いて漏れ出している状態ね。それを近くで見守っていたかむろちゃんが浴び続けて特別になったって事なんじゃないかしら?』


「その通りでございますイルヴァリース様」


「あ? なんだ? リースが今何か言ったか?」


 おいおい、こいつ人の頭の中覗き見てんのか?


「少し違います。私はこの館の中の事ならば全て把握できる……それだけなんです。もはや私もこの館の一部ですから」


「俺がこの館に居る以上何を考えているかどの部屋で何をしているかも把握できる……?」


「はい。ご名答です。私の名前はかむろ。かむろとは神室。神の室……私はこの場所でありこの場所は私なのです。ですからこの館内は私にとっては自由自在。それぞれが望むベッドの硬さにする事すらも、です」


 あぁ、だからベッドのマットが最初硬かったのか……あの時に俺の思考からどういう物を期待しているのかを読み取って変化させたと……?

 便利ではあるけれど、だからと言って館に居る人間の思考まで読み取れるのは反則だろうよ。とんでもない事考えてたらどうする気なんだ……。


『知られたくないような恥ずかしい事ばっかりかんがえてるものね?』

 うっせぇわ!


「ですが私にも一つだけ分からない事があります」


「かむろでも分からない事……?」


「はい。尊きお方、貴女が連れているユイシスという女性。……アレはいったい何ですか?」





 ……は?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る