第78話:ゲオルという何か。


「しゅん……」


「な、なぁ機嫌直してくれって。悪かったよ……あまりに物凄い力だったからさ」


「どうせ私は脳筋ゴリラ女だよ……」

「悪かったって」


『あーあ、女の子泣かしたーっ』

「まぱまぱ、アリちゃん泣かしちゃめっでしょ!」

「ごしゅじん、乙女に酷いですよぅ」


 あぁ、この場に俺の味方は誰もいない。

 おっちゃんは我関せずで馬車を操ってるし、イリスとネコの視線が痛い。


 そしてアリアはやっと馬車へ乗ってくれたと思ったら結局また膝抱えてしょんぼりしてるし……。


「で、でもだな、アリアが物凄く強いのはよく分かった。申し分ないどころか、これからきっと頼る事も多いと思う。今後も俺達の力になってくれると助かるよ」


「ほんと? 私、力になれる?」


 うるうるさせた瞳で俺を見上げるアリアは先ほどまでとはまるで別人のようだった。


「なれるなれる。あのかいり……じゃなかった、あの腕前ならなんの心配もいらないしこれからもよろしく頼むよ」


「今怪力って言おうとしたぁぁぁっ! ふぁぁぁん! やっぱり私なんて必要とされないんだぁぁっ!」


『あーあ、女の子泣かせたーっ』

「めっでしょーっ!?」

「さいてーですごしゅじん……」


「あぁぁぁっもうっ!! アリア、この先もずっと俺と一緒に居てくれ。俺にはお前が必要だ!」


 機嫌を取る為とはいえ完全に言葉を間違えた自覚がある。


「ずっと一緒に……? それはもはやプロポーズでは……!?」

「ご、ごしゅじん……」


 態度を一変させてキラキラした瞳で見つめてくるアリア。

 そしてジト目で冷ややかな視線を送ってくるネコ。

 ニコニコしてるイリス。


 狼狽する俺。


 マジで俺達の明日は前途多難である。


『だいたい君のせいよ。自業自得因果応報ってやつね』


 は、反論できねぇ……。



「賑やかな所申し訳ないケドそろそろ村に付くヨ。補給と休憩しとくカ?」


 渡りに船とはこの事だ。


「ほら、とりあえずちょっと休もうぜ。食料品の買い出しとかもしとこう。ノイン達が持たせてくれたのもあるけど生ものばっかりだし保存のきくやつをある程度持っておいた方がいい」


「よろこんでお供致します♪」


 アリアが勢いよく俺の腕に絡みついてくる。

 こいつキャラ変わり過ぎなんだよなぁ……。

 騎士然と敷いている時と、こう乙女な時のギャップがなんとも……。


『ギャップ萌えってやつかしら?』

 お前どこでそんな言葉覚えてくるんだよ……。

『えへへ、君の頭の中♪』


 そうだった。俺の記憶は見放題って事か質が悪いな……。


『だって暇なんだもん♪』

 だもん♪ って歳かよ……。

『あ゛ぁん?』

 すいません。


 ダメだ。俺にとって味方は本当に誰も居ないぞ。

 自分の脳内にすら敵がいる……!


「まぱまぱー♪ 干し肉とかあるかなー?」


 イリスがアリアとは逆の、もう片方の腕にぎゅっと抱き着いて俺を見上げた。


「ああ、あるといいな」


 あぁ、イリスだけが俺の癒しだよ……。


 村の入り口に到着すると一人の老人が話しかけてきて、馬車を預かってくれる事になった。


 俺達のような旅人を見つけてすぐにでも仕事を取れるように入り口で待ち構えているんだろう。なかなか商魂たくましい。


 ……とはいえ、そうでもしないと辺鄙な場所にある村では稼ぐのが難しいのかもしれないが。


「そういえばミナト殿、我々の旅にはどの程度の路銀があるのだろう?」


「あぁ、金の事なら気にしなくていい」


 王都でママドラの財宝を半分以上換金してしまい込んであるからな。


 今の俺は小さな街一つくらいなら買い上げる事が出来る程度に金を持っている。

 誰にも言ってないけれど。

 ネコ辺りがそれを知ったら金遣いが荒くなるに決まってる。

 飯を食いまくって大変な事になるだろう。

 そんな事を続けていたらそれこそ俺の金が尽きるより先にその街の食料が底を尽く可能性がある。あいつの胃袋はどうなってやがるんだまったく……。


「しかし寂れた村ネ」

「そんな事を言う物ではありません。ここの民も必死に生きているのですから。……しかし、ここまでの状況ならば王都に救援要請などがあってもよさそうなものですが……」


 アリアが訝し気に村を見渡す。

 確かにここに居る連中は皆げっそりしていて、まともに食事を取れているようには見えない。


 これでは食料の調達はできないかもしれないな……。


「おっちゃん、ここはなんて村なんだ?」

「ここは確かゲオル村ネ」


『うっわやな名前』

 なんか知ってるのか?

『知ってるとかじゃなくて昔の知り合いと同じ名前なのよ。ほんとどうしようもない奴でね……名前も聞きたくないくらい』


 ママドラがそこまで言うなんて珍しいな。その知り合いってのがどんな奴なのか興味が出てきたよ。


『嫌よやめてちょうだい。思い出したくも無いんだから奴の話なんて絶対しないわよ』

 どんだけ嫌いなんだよそいつの事……。


『目の前に現れたら間違いなく全力でぶん殴る程度には嫌いね』

 お前が全力でぶん殴ったら死ぬだろ……。


『それくらいで死んだら世話無いのよ。殺そうとしたって死なないんだからあいつは……』



「ギャハハハ! 今日も来てやったぞーっ! ほれ食事を用意しろーっ! あと女連れてこい! 出来るだけ若い奴な!」


『……』

 ママドラ?


『今話しかけないで。現実逃避中だから』

 何を訳の分からない事を……。


「おっ、お前さん達旅人か? うほっ! 若い女ばっかりじゃねーか飯食わせてやるからこっちこいよ!」


 目付きの鋭いギザ歯の頭ツンツン男が「ギャハハッ」と下品な笑い声をあげながらこちらにガニ股で歩いて来た。


 村人は奴が現れるとサーっと逃げていく。

 どうやら村からはかなり煙たがられているようだった。


「あの男がこの惨状の原因かもしれませんね」


 そう言ってアリアが一歩前に出ようとするが、目にもとまらぬ速さ、とでもいうのだろうか。

 気が付いたら男はアリアより後ろ、俺の目の前まで迫っていた。


「お前気に入ったぞ! 美味い酒には美人って決まってんだ。ちょっと酒注いでくれよ」


 男が俺の腕を掴む。

 動きが一切見えなかった。こいつ、普通じゃない……!


「なぁ姉ちゃん、名前なんて言うんだ?」


『……あぁ、もう限界』

 おいどうしたママドラ。


『ちょっと、身体借りるわ』

 えっ、ちょ、待てって!


「なぁ名前教えてくれよぅ」


「イルヴァリースじゃいこのボケナスぅぅっ!」

「ぎゃふん!」


 どう見ても全力。

 イルヴァリースは手加減など一切せずに本気で男の顔面に拳を打ち込んだ。


 勿論男は姿が見えなくなるほど遠くまで吹き飛んでしまう。


 お、おい……こんな所で堂々と人間殺すなよ……。


『あいつはこのくらいじゃ死なないのよ!』


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