第64話:再臨。
「なんでよりによってこんなタイミングで来るんですかぁ~」
「知るかボケ! 緊張感のねぇ奴だなぁお前は……」
「でもでも、生理現象だからしょうがないじゃないですか~。ごしゅじんがちゃんと男の人だった頃朝元気になってたのと同じですよう」
「にゃんにゃん、ぱぱはいつも朝元気ないよ?」
「ごしゅじんは朝体の一部が元気になってたんですよ♪」
「……黙れ殴るぞ」
こいつ……俺がまだ男の身体だった頃にそんなのをチェックしていたのか?
恥ずかしくて顔が大炎上しそうだが馬鹿ネコの言う事だから軽く受け流すのが正解だろう。
「まぁいい、とりあえず俺達の目的は達成した。さっさとここを出るぞ」
ネコは壁に取り付けられた金具から鎖で繋がれていて、牢屋の中では自由に動けるが、ドアが開いても脱走出来ないようになっていた。
勿論そんな物はイリスが引きちぎってしまったが。
「ほえーっ! イリスちゃん力もちですねー♪」
「えへへ♪ 凄いでしょっ!」
まるで引率の先生のような気分になってきた。
「よし、とにかく後は気付かれないようにここを脱出するぞ」
俺達は来た道を戻る形で階段を登っていたのだが……。
「なんだ? 上が騒がしいな……もしかしたら俺達の事がバレたのかもしれない」
イリスとネコもさすがに表情に緊張が浮かぶ。
もし兵に取り囲まれるような事があれば相手は人間という事になるからだ。
突破する事は出来るだろうが、それらを殺さずに切り抜けられるかは微妙だ。
やはり見つからずにここを抜け出す事が先決……って、あれ?
「どうしたんですごしゅじん?」
「……上の様子がおかしい」
「やっぱり私達を……?」
……いや、違うな。もし本当に俺達に気付いたのなら上の連中はここへ押しかけて来るはずだ。
なのにそれが無い。なのに上からはかなり混乱した騒ぎの声、多くの兵士が走り回るような音が聞こえてくる。
「こりゃ何かあったな」
「……魔物が来てる」
イリスがぽつりと呟いた。
「魔物、だと?」
「かなりの数だよ。多分……百じゃきかない」
なんてこった。ついに魔物は王都にまで攻め込んできたか。
しかし俺達にとっては好都合かもしれない。
「王都の連中には悪いがこれに乗じて……いや、そういう訳にもいかないか」
俺にとって知人でもなんでもない連中の事なんてどうだっていい。
だけどこの王都にはもう知人が出来てしまった。レイズ、ロイズ、そしてローラ。
さすがにあいつらを見捨てる気にはなれない。
だとしたら、俺達のすべき事は奴等の安全を確保してやる事か。
「よし、混乱に紛れて城を出るぞ。一度ローラたちの所へ戻ろう」
「うん、あの子達もしかしたら魔物に襲われてるかもしれないもんね」
「ローラ??」
事情が分かっていないネコはともかく、イリスはちゃんと俺の言いたい事を把握してくれているし、無駄にこの国を守ってあげようなんて言い出さない。
イリスは相変わらず以前と同じように無邪気だけれど、こういう切り替えの早さを見るとドラゴンなんだなぁと実感する。
とはいえ、俺もイリスも目の前で魔物に襲われている人間を見かけてしまったらなんだかんだ助けてしまうかもしれない。きっとイリスはそうするだろう。
なにせ俺の自慢の娘だからな。
階段を登り切ると既に兵の姿は無かった。おそらく城の外へ魔物の対処に向かったのだろう。
これを指揮している奴は馬鹿なのかな。
こんなにも城の中をもぬけの殻にしたら攻め込まれて落とされるぞ。
それとも直接城と王を狙ってくるほどの頭が無いと思っているのか?
結局、特に見咎められる事なく一般公開されているホールまで出て来る事ができた。
城の外まで出て空を見上げると、まばらに魔物が飛んでいる。
基本的に地上から攻め込んできているようだ。
それなら兵隊が総動員されればなんとかなるか。
「……!!」
「ごしゅじん、早く行きましょうよ! 何やってるんですかーっ!」
「……ぱぱ?」
「……ごめん、二人とも。俺は少しやる事ができた」
こればっかりは俺がどうにかしないといけない問題だ。
「ネコはイリスについて行け。イリスはネコを守りながらローラ達の家まで行って守ってやってくれ」
「そんなぁ、ごしゅじんどうしちゃったんです? 一緒に行きましょうよぉ」
「……ぱぱ、早めに帰ってきてね?」
「大丈夫、やる事やってすぐ戻るから」
ぐずってるネコの頭をわしゃわしゃと撫でまわし、イリスに預ける。
遠のいていく二人の背中を見送ってから、俺は再び城の中へと入っていった。
目指すは玉座。おそらく俺の相手はそこにいる。
先程空を見ていた時に、一匹のグリフォンが城の周りを旋回し、その背から城内へと飛び移った男の姿が見えた。
死んだとばかり思っていた男の姿が。
きっとキララが何かしたんだろうが……少なくとも今のあいつはもう人間とは呼べないだろうな。
俺、勝てるかな?
ちょっと早まってしまったかもしれないが、奴とはきっちり決着を付けなければ俺の気が済まない。
もう一度、きちんと殺せる機会を得られて嬉しいぞ。
待ってろ……アドルフ。
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