第40話:相手を知るのが良い事だけとは限らない。
「ごしゅじん」
「な、なんだよ……」
直視出来ないからさっさと出て行ってほしいんだけど……。
「少し、真面目な話……してもいいですか?」
「お前が真面目な話? なんだよ食い物の話か?」
「……ある意味、そうかもしれません」
ネコが俯き、普段とは全く違う表情を見せた。
「お、おい……」
『あーあ、無神経な事言うからへこんじゃったじゃない』
俺のせいなのか……?
『どう考えてもそうでしょうが。早くフォローしてあげなさいよ』
ぐぬぬ……。
「おいネコ、なんの話か知らんがちゃんと聞いてやるから」
「うにゃ……ありがとですごしゅじん……そんな人だからぶくぶく……」
ネコは一度目の下くらいまでお湯の中に顔を沈めてなにやらぶくぶく言っていたが、ネコミミをぴこぴこさせながら勢いよく立ち上がった。
「じゃあ聞いて下さいっ!」
「いいから座れっ!!」
今俺が男の身体だったらいろいろ言い逃れ出来ない状況になっていたかもしれんマジで勘弁してくれ。
『君もこれくらい早く慣れなさいよ』
生憎とそんないい思いをした事が無いんだよ!
「えへへ……♪ こうやってごしゅじんとゆっくり話すのって初めてかもしれませんね♪」
願わくば初めてが風呂に浸かりながらっていうのは遠慮したかったけどな。
『いいじゃないの。眼福ってやつじゃない』
お前人事だと思って……。
「えっと……どこから話せばいいでしょうか。まずは私の生い立ちとか聞いてくれます?」
俺はチラリとネコの方を見て無言で頷く。
頼むからもう少しだけ湯舟に身体を沈めてほしい。いろいろ見えてるからっ!
この世界には浴室にタオルを持ち込む文化は無いのか? そもそもバスタオル巻いたまま入るのはマナー違反ではあるが、それでもちょっと目の毒すぎるだろ……。
「私は優しい人間の母と、亜人……獣人の父の娘として生まれました。小さい頃は人里離れた場所で静かに、それでも幸せに暮らしていました」
「……それがなんで神官に?」
「まず母が病で亡くなったんです。父と二人だけになった私は少しでも父に苦労をかけさせないように街へ出稼ぎに行きました。でもそこでは亜人、特に獣人はとても嫌われていて……」
なるほどな。それで亜人って気付かれないように耳を髪に隠すようになったのか。
「最初はこの頭の上の方の耳を隠す事が出来なくてずっとカチューシャで押さえてたんです。私は耳と尻尾以外は普通の人間と変わらない外見をしているので……」
本当は亜人にも友好的な街へ引っ越せばよかったんだろうが、父は膝が悪く長距離の移動は負担になる為、個人で馬車を用意できるくらいにお金を稼がなければそれも難しかったらしい。
そんな暮らしを続けているうちに父は山で魔物に重傷を負わされ、三日三晩寝込んだ後息を引き取ったとの事。
「私は途方に暮れました。しばらくはそのまま街の食堂で働かせてもらって……でもある時、ちょっとドジしちゃってカチューシャが落ちちゃって、耳がこう、ぴこんって」
「それでその食堂はクビになっちまったのか?」
「……ええ、もう凄い剣幕で、騙したな! って怒鳴られて追い出されちゃいました」
未だにそんな差別的な街があるのか……。
その地域によってそういうのが根付いてしまってるんだろうなぁ。
「それから、今まで普通に話してくれていた他のお店の人とかも口を聞いてくれなくなってしまって……私はその街に居られなくなっちゃったんですよ」
亜人の時点で避けられる対象なのに、その上騙されたっていう認識がプラスされて余計差別意識が高まったのかもしれない。
「それから意を決して街を飛び出しました。道中で、私と同じような境遇の亜人の子と知り合って、その子に誘われて神官の道に進みました」
「じゃあ友達は居たんだな」
そこでネコは遠い目をしたように見えた。
「その子は……私よりももっと亜人の個性が見た目に出ている子でした。しかもリザードマンの……顔は人間なんですが、肘から先、膝から先がびっしり鱗に覆われていて……それを隠す為にいつも手袋をして丈の長いローブを着ていました」
「神官って職業は種族関係なくなれる物なのか?」
「一応そういう決まりはないんです。ただ、勿論偏見とかはあります……だから私も彼女、カミルっていうんですけど、二人で出来るだけハーフなのを気付かれないようにしながら神官の修行を受けていました」
そこで、少し熱くなったのかネコがゆっくり立ち上がって浴槽の淵に腰かけた。
と、隣に全裸の女子が……!
『今とっても世知辛い話を聞いている最中だっていうのに君ときたら……』
何度も言うが健全な男子なの!
「ある日……他の神官見習の子達にカミルがハーフだとバレました。彼女の肌に気付いた誰かが噂を広めたんです。みんなはすぐにそれを確かめようと、カミルから手袋を奪いました。神に仕える神官として、直接的な言葉はありませんでしたが、皆がカミルを見る目が変わったんです。私は……何もしてあげられませんでした」
結果的に、カミルはネコの事は何も言わずに一人で神官の養成所を去ったそうだ。
「私は……今でもずっとその時の事を後悔していて……だけど、私も自分が亜人のハーフだって胸を張って言う事も出来なくて……結局神官として認められるようになってからすぐに旅に出ました。本当の意味で亜人が安心して暮らせる場所を探しに……」
「その途中で金を盗まれて奴隷に売り飛ばされそうになったのか?」
「うにゃ……そうなんですぅぅ~」
ネコは急にいつもの調子に戻ってだらしなく顔を弛緩させた。
そして再びお湯に入り、顔を半分ほど沈めてぶくぶく。
「実はごしゅじんと会うちょっと前にパーティを組んだんです。その人達は神官としての能力を褒めてくれたんですよ。だけど私が今まで溜めて来たお金がそれなりにあるのを知って、盗んで逃げちゃいました。あはは」
「あはは、じゃねぇだろうが……そいつらに仕返ししたいとは思わないのか?」
「うにゃ……? 仕返し、ですか? 思ってませんよ。だってあれのおかげでごしゅじんと会えましたし」
そう言ってネコは笑った。
「お前は……なんでそんなに俺を信用するんだよ。俺だって他の奴等と一緒かもしれんぞ」
「私、相手が良い人かどうかはなんとなく分かりますよ? パーティを組んだ人の事だって、神官として必要で私に声をかけて来たから協力しただけで……特別信用はしてませんでしたし」
ネコは「だけど」と続けて、俺の顔を見つめた。
「私の前に現れて、救ってくれた男の人が、私には神様に見えてしまったんです。ぶっきらぼうで、酷い事も言うけど、悪意が全くなくて……私の耳を見ても嫌がるどころか……その、触ってきたり……」
「そ、それはその……俺そういう耳好きだから」
俺は何を言ってるんだ。動揺して妙な事を言った気がする。
「ありがとうございます♪ とにかく、私にはその人が神様に見えました。私は神に仕える神官なので……神様はごしゅじんなんです。ミナトさんは……私のごしゅじんになってくれますか?」
真剣な目。これはきっと茶化してはいけないやつだ。
「俺はお前の神様じゃない」
「……はい」
「でもな、別にお前の面倒を見るのは嫌じゃないぞ」
「ごしゅじん、って呼んでもいいんでしょうか?」
「……言わなきゃ分かんねぇのか? 好きにしろよ」
「ごしゅじぃぃぃん♪」
ガバッと、突然ネコが俺に飛びついて来た。
「やめろ馬鹿ネコ! お前今自分が裸だって分ってんのか!?」
「ごしゅじんだって裸ですぅぅ!!」
「だから余計まずいんだろうが!」
「でもお互い今は女の子なのでセーフですセーフっ!!」
「ば、馬鹿野郎! そういう問題……じゃ、な……い?」
ふいに、馬鹿ネコの視線が俺の身体の一部に集中していた。
何かを凝視している。
ゆっくりとその視線の先へ自分の視線を移動させると……。
「ご、ごしゅじん……しゅ、しゅごい……」
ママドラぁぁぁぁっ!!
今元に戻るとか俺に対する嫌がらせかぁぁ!?
『ごめ……、今、話かけないで……っ、無理……っ!! ぎゃはははっ!!』
俺は風呂場から飛び出し、慌てて服を着て部屋までダッシュで走り抜け、ベッドに飛び込んで少しだけ泣いた。
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いろいろ初体験すぎてミナト君はオーバーヒートしてしまいましたとさ。
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