第30話:男の性。


「ごしゅじんって、だいたん……」


「ち、違う。これはその、事故だ事故! お互いの常識のズレによって起きてしまった悲しき事故だ!」


「私、やっぱりごしゅじんをごしゅじんにしたいですぅ」


 ヤバい。目が尋常じゃない。


「にゃんにゃん、なんかへんー」


「イリスちゃん、イリスちゃん、私イリスちゃんのまぱまぱを頂いちゃっていいですか? いいですよね? いただきまぁぁぁすっ!」


 馬鹿ネコがまるで有名な三代目の大泥棒アニメみたいなポーズで飛び掛かってきて、思わずその頭をぶっ叩いてしまった。


「ふぎゃっ!!」


 顔面から馬車の床に叩きつけられ、一瞬逆さまの状態で固まってから、情けない形に崩れ落ちる。


 そして、修道服風の長いワンピースがひらりとめくれ上がり、これでもかというくらいの典型的縞パンが目に飛び込んできた。


 ぐぅっ!?


 俺の名誉の為にこれだけは言っておく。

 確かに俺は今とてつもなく心揺さぶられているし触りたい衝動に駆られているがそれはパンツを見たからでもそれに触りたい訳でもなくてだな。


「にゃんにゃんしっぽーっ!」


 そう、めくれ上がった服の中から姿を現したのはふわふわした長いネコ尻尾だった。


 そんなもん触りたくなるのが男……じゃなくて、人ってもんだろう?


 思わず手を伸ばしてしまったが、俺はぐっと堪えたね。

 何故かって、耳ですらあんな事になったんだ。尻尾なんて触った日にゃ何がおこるかわからん。俺はまだ変な世界へ踏み込みたくはない。



『ふむ、君のむっつり具合には割とドン引きだけれど、その考えは正しいわね』

 誰がむっつりじゃい!


『もし尻尾触ってたら変態、じゃすまなくなる所よ? 既にそれは痴漢ね』


 痴漢……! あぶねぇ……! よくぞ我慢した俺!


『獣人系の亜人にとって尻尾って言うのは耳ほど敏感ではないけれど、それを触らせるっていうのは心に決めた相手だけなのよ。いっそ今からでも触ってあげて名実共にご主人様になってあげたら?』

 お前、ほんとに面白ければなんでもいいんだな。

『なんでもじゃないわよ? でもこの子の事結構気に入っちゃったのよね♪ こんな逸材滅多に居ないわ』


 ……まぁ、こいつが類まれなる特殊な奴なのは認めるよ。


『ところで君、いつまでその子のパンツ全開にさせておくつもりなの? それともそんなにマジマジと見ていたかったの?』

 ち、ちが……。


『だったらほら、早く服を元に戻して、立たせてあげなさいよ』

 わ、分かったよ……。


 俺はめくれ上がっているワンピースの裾を掴んで、元に戻そうと……した所で突然馬鹿ネコが目を覚まし……。


「ご、ごしゅじん……? ……え?」

「ま、待て落ち着け! 冷静になれっ! これには訳がっ!!」


 なんてタイミングで目を覚ましやがるんだこいつ。これじゃあまるで俺が気を失った馬鹿ネコの服をめくりあげてるみたいじゃないか。


『ぎゃははははっ!! ダメだ我慢できないっ!! タイミング完璧じゃない♪』

 こ、こいつ……まさかこれすらも計算していたって言うのか!?


『そんな訳ないじゃない! こうなったらおもしろいなって思ってただけよ♪』

「おまっ、もう我慢ならん!!」


「……ご、ごしゅじん……やさしく、してください」


『ぎゃははっ!! 服ひん剥いて、もう我慢できん! って! たまんないわ君最高よ!! ひゃはははっ!!』


「ち、違うんだ頼む、話を聞いてくれ!」


「……」


 馬鹿ネコは目を瞑ってぷるぷると震えながら、「い、イリスちゃんが……見てますぅ……」とか呟き出して更に俺を追い詰め、ママドラはさらにやかましい笑い声を響かせた。



「もう、怒らないで下さいよぅ、そもそもごしゅじんがあんな事するから悪いんですからねー?」


「だからそれは悪かったって言ってるだろ……? もうお互い今日の事は忘れようぜ……」


「忘れなきゃ、ダメですか……?」


 馬鹿ネコが俺の袖をくいっと引っ張って上目遣いしてくるのでその頭をひっぱたいた。


「いたいっ! ふにゃぁぁ……ごしゅじんが虐待プレイに目覚めて……」

「ちゃうわボケっ!」


 もう一発ひっぱたいて黙らせる。


「まぱまぱっ!」

 イリスが珍しく怒ったような声をあげた。


「ど、どうしたイリス……?」

「にゃんにゃんに酷い事しちゃだめっ! めっでしょ、めっ!」


 お、怒られた……イリスに怒られてしまった!


「ご、ごめんよそんなつもりじゃないんだ」

「めっ!」

「ごめんなさいっ!」


 気が付けば俺はイリスに思いっきり頭を下げていた。


「あたしじゃなくてにゃんにゃんにでしょーっ?」


「ぐっ……ご、ごめんなぁぁぁ?」

「ごしゅじん……そんな嫌そうな顔で謝られても……」


「まぱまぱってばちゃんと謝らなきゃめーっ!」


 イリスは腰に両手を当ててふんぞり返りながら俺を窘める。正論過ぎて平伏するしかない。


「ば、馬鹿ネコ……」

「まぱまぱー?」


「あぁもう! ユイシス、本当にすまなかった! 俺を許してくれ!」


「あっ、えっと……はい♪ 怒ってませんし私はごしゅじんの事好きですから許してあげちゃいますっ♪」


 今好きって言ったか? 言ったよな?


 なぁママドラ今の好きってどういう意味だと思う!?

『うるさいなぁその童貞ムーブやめてよねー? どっちにしても好意はあるって事よ!』


 そ、そうか、そうなのか……でも俺にはイリスという娘が……。

『はぁ……そもそも君、その子はダメとかなんとか言ってなかった?』


 ハッ!? ……落ち着け。冷静になってよく考えろ。


 それもそうだった。クールになればこの女がどうしようのない奴だってすぐに分かる。


 ……のに。悲しいかな、やはり好きと言われたらドキドキしてしまう男の性なのであった。


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