とある青春の1ページ
矢田川いつき
[SS]No.1 とある小春日和の日に、君と
「ん〜〜っ! 今日はポカポカしてて良い天気だねー」
学校からの帰り道。小春はグーっと背伸びをしながら、何の気無しにつぶやいた。
「あーそうだな。ここ最近は寒かったのに、まるで春みたいだ」
ちらりと横目で彼女を見つつ、俺もいつも通りに返事をした。
大学受験を間近に控えた十一月下旬。
共通テストまで、とうの昔に百日を切ったとある秋の日。
早く塾に行って受験勉強をしないと……! と焦る心と、もっとのんびり歩きたいなぁと願う心が、俺の中でせめぎ合っていた。
「よしっ、問題です! じゃじゃん! こんな初冬の暖かい日のこと、なんて言うか知ってる?」
そんな俺の心の葛藤なんぞ知る由もなく、小春は唐突にそんなことを口にした。
「なんだよ急に」
ちょっとだけイラッとしたので、素っ気なく言ってみる。
「いいからいいから。ほら、試験に出るかもしれないよ?」
出るわけねーだろ、と心の中でツッコミつつ、俺は口を開いた。
「小春日和」
「うっ……即答ですかそうですか、はい正解です」
あーあ、つまんないなーと、小春は道端に転がっていた小石をコツンと蹴り飛ばした。その拍子に、制服のスカートと彼女の長い髪の毛がふわりと舞う。
「……まぁ、小春の名前が入ってるからな」
「へ?」
「いや、なんでも」
俺も靴の先で、同じように小石を蹴ってみた。
小石は勢いよく転がっていったが、やがて塀にぶつかり、そのまま側溝の穴の中へと消えていった。
でも。口の中で転がした想いの方は、なかなか飛んでいってはくれない。
「ふーん、そっか……まぁ、いいや。それよりさ、秋斗は第一志望、関東の大学なんだよね?」
また唐突に、彼女は話題を変えてきた。
「あぁ、そうだよ」
なるべく同じ調子で、俺も答える。
「そっかぁ。私は夏の模試の判定的にはこっちの大学になりそうだし、このままいくともうクイズもできなくなっちゃうね」
つまんないなー、と彼女はまたつぶやいた。そしてさっきと同じように、足を大仰に前へと蹴り上げる。
けれど。宙を舞う小石の影は、どこにもない。
「……いや、クイズはもういいだろ」
やりきれない気持ちを紛らわすように、俺は言った。
「えーー! なんでーー!?」
途端に、小春はずいっと顔を寄せてきた。甘い香りが鼻腔をくすぐり、頬が熱くなる。
「いや、だって小学校から変わらず、ずーーっと帰り道でしてるんだぞ? 飽きないか?」
今度は別の気持ちを紛らわそうと言ってみて、失敗した。
なぜなら、その言葉のせいで、思い出が脳裏をよぎってしまったから。
とある春日和の日には、ランドセルを揺らしながら。
「いやいや、飽きるわけないでしょ!」
とある梅雨の日には、青色とオレンジ色の傘をさして。
「いやいやいや、なんでだよ」
とある真夏日には、カッターシャツとセーラー服を並べて。
「だってまだ、私は秋斗の不正解を聞いてないし」
とある秋晴れの日には、お互いの志望校は言わずに、模試の判定だけを共有して。
「それは、小春のクイズが簡単すぎるからだろ」
そして――
「ふーん、そうなんだ? それじゃあ、とびっきり難しいのをひとつ出してあげるね」
――とある小春日和の日には、君と小石を蹴りながら。
「私……志望校変えようと思うんだけど、どこだと思う?」
小春の悪戯っぽい笑顔が、目の前に広がる。
そういえば、この時期は夏の頑張りが実る頃だとか、先生が言ってたっけ。
――小春日和。
寒い冬が、始まりを迎える頃。
「――ブッブーー! 時間切れー!」
気持ちも冷え切った秋の終わりに突然と現れる、暖かくて、温かい――そんな日のこと。
「――私ね、あともう少しだけ、頑張ってみるよ」
君の笑顔に、俺も負けられないなと笑い返した。
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