第4話

 小学四年のあの時、僕は二度兄ちゃんを失った。通学路での事故、そして通学ミサキとしての消失。最後に兄ちゃんを見た翌日、隣の街で小学生が通学途中に事故に合い亡くなったというニュースを見た。きっと、亡くなった子が通学ミサキとなり、兄ちゃんは消えたのだと理解した。

 彼等七人は、それぞれの通学路を、順番に登下校しているのだろう。通学ミサキになる範囲は分からない。

 兄ちゃんが亡くなり、我が家は嘘のように暗く沈んだ。両親は、兄ちゃんの死から、現実から目を背けるように、仕事に熱を入れるようになった。家にいない時間が長くなった。独りぼっちの時間が増した。

 子供は、もう一人いるよ。

 兄ちゃんより、僕が死んだ方が良かったの?

 そんな事、聞けるはずがなかった。

 人は二度死ぬ。

 一度目は、実質的な死。そして、二度目は、人々の記憶から消えた時だ。人は忘れられた時に、二度目の死が訪れる。

 僕の場合は、兄ちゃんを忘れた時に、三度死なせてしまう事になる。

 忘れる訳にはいかない。三度も死なせる訳にはいかない。

 だから、通学ミサキと命名し、噂話を広めた。

僕自身が忘れない為であり、沢山の人達に忘れて欲しくなかった。その為に教師となり、生徒達に学校の怪談として口伝している。学校の怪談の類いは、きっと大人になっても忘れないだろう。夜遊び防止にも一役買ってくれているだろう。一人でも多く不幸な事故から守れたらいいのだけど。

 だが、今回は不用意だった。

 二年前、彼も僕と同じ小学四年生の時に、お兄さんを事故で亡くしている。彼の前で通学ミサキの話はするべきではなかった。怒らせてしまった。

 いいかげんな事を言わないで下さい。

 僕がいない方が、良かったですか?

 彼はそう言った。

 通学ミサキに、連れて行かれると言うのは、僕の作り話だ。夜遊び抑止の為に、創作した。『兄ちゃんは、そんな事しない。連れて行ったりしない』そう言いたいのかもしれない。そして、彼もご両親との関係で、辛い想いをしているのかもしれない。

 僕の考え過ぎなら、いいのだけど。

 でも、もしも、彼も・・・春日井も、僕と同じ経験をして、同じ境遇だったなら、何か力になってあげたい。もしも、春日井も通学ミサキとなったお兄さんに遭遇していたのなら。

 長年教師をしているが、僕と同じように事故で兄弟を亡くした生徒に会うのは、初めての経験だ。辛さが分かる分、接し方に困ってしまった。見かけた時に、声をかけるくらいしかできなかった。さらに傷を深めてしまったらどうしようと、深入りする事を躊躇ってしまった。

 僕には勇気がなかった。名前負けもいいとこだ。

 そうかと思うと、故意ではないにしろ軽はずみに傷つけてしまった。教師失格だ。人生の先輩失格だ。

 僕は勿論だけど、春日井のご両親だってそうなのかもしれない。

 君が思っているほど、大人だって強くないんだよ。

 悲しい時だってあるし、苦しい時だってある。涙を流す事もあり、逃げ出したくなる時だってある。完璧じゃないくせに、子供の前では格好つけたがる。弱さを隠したがる。

 その事と、僕が小学四年生の時に経験した出来事と、これまでの僕の想いを正直に包み隠さず、春日井に伝えよう。

 意を決して、図書室を出ていこうとする春日井に声をかけた。振り返った春日井は、僕に鋭い視線を突き刺してきた。

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通学ミサキ ふじゆう @fujiyuu194

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