第2話
僕は、二歳年上の兄ちゃんの背中ばかりを見ている。どこにいくにも、何をするにもいつも兄ちゃんと一緒だ。
明るくて優しい兄ちゃんが、大好きだ。兄ちゃんがいるだけで、家も学校もパッと花が咲いたように色鮮やかになる。まるで、太陽のような人だ。大好きで大好きで、憧れている。
朝の登校では、七人が一列に並んで、歩いていく。先頭は旗を持った兄ちゃんで、一番後ろが僕だ。小さい子達を僕達が挟んで、安全を確認する。兄ちゃんは、たまに振り返って、様子を伺う。その度に、兄ちゃんと目が合い、笑顔で手を挙げる。このお決まりの動作が大好きだ。
学校に着くと、兄ちゃんは僕の元へとやってくる。
「ユウキお疲れ。今日も問題なさそうだった?」
「大丈夫だと思うけど。あ、信号が変わる時、おじさんが急がせたけど、一年生は走るの大変そうだったよ」
「なるほど! 明日からは、無理に渡らず止まるよ。ユウキありがとう。助かるよ」
兄ちゃんに頭を撫でられ、耳が熱くなった。褒められるのも、頼りにされるのも嬉しいものだ。明日も頑張ろう。
学校が終わると、兄ちゃんが数人の友達と遊び、僕も混ぜてもらう。太陽が沈みかけた頃、兄ちゃんの号令で、みんなが家に帰る。兄ちゃんは、いつも中心にいた。
兄ちゃんの横にピタリと張り付いて歩いている。本当は、手を繋ぎたいけど、恥ずかしいから我慢だ。すると、兄ちゃんが手を伸ばしてくれて、僕はしっかりと掴んだ。
次の日、いつものように列をなして、学校へと向かっている。横断歩道に差し掛かると、信号が点滅していた。旗を持ったおじさんが、素早く手を振り横断歩道を渡らせようとした。しかし、兄ちゃんは、指示には従わず、足を止めた。兄ちゃんは、振り返り笑みを浮かべた。僕も歯を見せて笑った。
ーーーその瞬間。
甲高いスリップ音が鳴り響いた。驚いて視線を兄ちゃんの後ろに向けると、車がこちらに向かってきていた。
「あ!」
声を上げた時には、僕は宙を飛んでいた。兄ちゃんが僕を突き飛ばした。必死で手を伸ばしたけど、何の感触もなかった。
車が椅子取りゲームで椅子を奪うように、兄ちゃんを弾き飛ばした。僕は頭から地面に着地し、周囲の騒めきが遠くなっていく。
太陽が沈んだ。そして、二度と昇ってくる事はなかった。
世界は闇に包まれた。
不思議と何も感じなかった。だから、夢に違いない。いつもある温もりが、いつも聞こえる声が、あるべき場所にない。世界から切り取られたように、僕のそばからなくなった。もしかしたら、切り取られたのは、僕なのかもしれない。
寂しいね、可哀想ね、元気出してね。
沢山の人に言われたけど、僕が言われているとは、まるで思えなかった。
お父さんとお母さんが、笑わなくなって、泣いているところを見かける事が多くなった。別の人なのかもしれないと、錯覚するほど変わり果てている。
死という言葉の意味は分かっている。でも、まったく実感が湧かない。兄ちゃんと二人で使っていた部屋が、こんなにも広く感じている。
「ユウキ!」
突然、名前を呼ばれ振り返った。しかし、誰もいなかった。
誰もいなかった。
目眩に襲われて、立っていられなくなった。見えない手で、お腹の奥をギューと、捻り上げられているような痛みが走った。
「あ、あ、あ、あ、あ」
勝手に声が溢れてきて、膝から崩れ落ちた。息ができない。お腹が痛い。苦しい。涙とヨダレと汗とオシッコ。体中の穴から、液体が溢れ出てきた。
「兄ちゃん! 助けて!」
伸ばした手は、やはり欲しい温もりを感じなかった。
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