通学ミサキ

ふじゆう

第1話

 放課後、図書室で時間を潰すのが、日課になっている。周囲のテーブルには、ちらほら他の生徒がいた。

 一人じゃないという安心感は、騒つく心を落ち着かせてくれる。

 西日の照り返しに目を細めていると、勢いよく扉が開いた。

「おーい! そろそろ下校の時間だぞー! 帰る準備をしなさーい!」

 いつも元気いっぱいの勝川先生が、顔を出した。あまり接点のない先生だけど、何かと僕の事を気にかけてくれる。みんなが一斉に動き出した。本を片付ける人、貸し出しの手続きをする人など様々だ。僕は貸し出し手続きを終えている本をランドセルに入れる。

「はーい! 急いで急いでー! 暗くなる前に帰るんだぞー!」

 勝川先生は、手を叩き、皆を急がせている。

「通学ミサキに連れて行かれるぞー!」

 大声を上げる先生に、瞬間的に頭に血が上った。両手で勢いよくテーブルを叩きつける。先生を含む周囲が、一気に静まり返った。

「先生! いいかげんな事を言わないで下さい!」

 勢いに拍車をかけたのは、倒れた椅子の音だ。立ち上がった時に、押してしまった。

「春日井、いたのか? すまない。君がいるのに、気づかなかったんだ」

 瞬間的に顔が曇った先生は、分かりやすく狼狽えている。息を呑んで様子を伺っていた他の生徒達は、逃げるように図書室を出て行った。わざとらしく溜息を零して、先生を見上げた。

「僕がいなかったら、良かったんですか? いなかったら、クダラナイ噂を撒き散らして、楽しかったですか?」

 嫌味の一つや二つ、言わずにはいられなかった。毎日毎日、自問自答している問題を吐き出さずには、いられなかった。

 僕がいなくなった方が良かったの?

 家に帰っても、誰もいない。暗い家に入り、「ただいま」と言っても、「おかえり」とは返ってこない。共働きの両親は、現実から目を背けるように、何かを忘れようとするように、仕事ばかりをしている。

 どっちの事を忘れたいのだろう。

 みぞおちの奥の方へ、冷たい石が積まれていく錯覚がした。勝川先生は、泣き出しそうな困った顔をしていた。

 完全に、僕の八つ当たりだ。

 通学ミサキにしたって、先生には悪気も落ち度もない。昔から言われている怪談の類いだ。子供を暗くなる前に帰らせる為のものだ。学校の怪談、都市伝説などなど、本来なら別にめくじらを立てるほどの事ではない。

 こんな事でムキになる小学生は、いないはずだ。大人からしたら、可愛くない子供だと思われているだろう。

 だけど、どうしても見過ごせなかった。黙っていられなかった。

 二年前に実際に体験した出来事。

 兄ちゃんと過ごした日々。

 兄ちゃんと一緒に歩いた通学路。

 いつの間にか、僕は兄ちゃんと同じ、六年生になっている。

 僕は、深呼吸をして、先生に謝った。そして、急いで図書室を出ようとした時、先生に呼び止められた。

 振り返った僕は、先生を睨みつける。すぐに気持ちの整理なんか、つけられない。

 通学ミサキに、連れていかれるぞ。

 できる事なら、僕も一緒に連れて行って欲しかった。

 兄ちゃんと、同じところへ。

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