ロックンローラーと故郷の詩

ある朝タカシは、ノドの痛みとともに目を覚ました。


「今年の風邪はノドからか…」


タカシはすぐに風邪を引いたのだと悟った。


「ロックンローラーで良かったぜ」


ロックで飯を食っているタカシには、定時出社の必要がない。平日の朝から病院へ行ける。


タカシは裸のままベッドから起き上がった。ロックンローラーなので、いつも裸で寝ている。


そのまま素肌に革ジャンを羽織り、ヘッドフォンを装着。タカシはいつも通りの格好で病院へ出かけた。


へッドフォンからは、アフリカの民族音楽が流れている。生粋の音楽好きであるタカシの夢は、世界中の音楽を聴くことだ。


音楽と共に病院へ向かい、音楽と共に待合室で待つ。平日の朝だけあって、病院は空いている。


「タカシさん、どーぞー」


タカシはまもなく診断室に呼ばれた。診察室にはナースとDr.サトウが待機していた。


「今日はどうなさいましたか?」 


Dr.サトウが尋ねる。


「ちょっとノドが痛くて…」


「風邪ですかな…ちょっと失礼」


Dr.サトウはタカシの胸に聴診器を当てた。聴診の間、タカシは普通の人より暇である。素肌に革ジャンを羽織っているだけなので、上着をまくる必要がない。自然とタカシの興味は、医者が頭に付けているCDに向いた。


「あのCDにはどんな曲が入っているのだろう…」


医者にかかるたびに、タカシは毎度そう思う。


「ドックン…。ドックン…。アタマのCDがキキタイ…。アタマのCDがキキタイ…。」


Dr.サトウは名医である。心臓のビートに乗ったタカシの思いを、聴きとれないわけがなかった。


「そんなに聴きたいかね」


Dr.サトウがニヤリとする。


「聴診器で心が読めるのか…!?」


ロックばかりやってきたタカシは、優れた医師が聴診器で心を読めると知らなかった。また優れた医師に聴診された経験がなかった。今までかかってきた医者は、全員がヤブ医者だった。


タカシは「Hなことを考えていなくて良かった」と安堵した。同時にCDが聴けるのかと歓喜した。


「聴かせてください!ぜひ聴きたいです!」


「よろしい、緊急手術じゃ!」


Dr.サトウが号令をかけた。応じたナースが、タイヤのついたベッドみたいなヤツにタカシを積む。時速40キロでタカシがオペ室に運び込まれる。


Dr.サトウは、手術するときの青いコスチュームに着替え済みである。


「メス!」


Dr.サトウの指示に、素早く応対するナース。Dr.サトウは自らの頭に付いているCDをメスで切り取った。


「CDコンポ!」


コンポを要求するDr.サトウ。コンポを手渡すナース。Dr.サトウは、切り取ったCDをコンポにセットし、再生ボタンを押した。


「ヨ〜イサノ〜マカ〜ショ〜」


「この曲は…」


「最上船唄じゃよ」


タカシ、Dr.サトウ、ナース。オペ室にいる全員が故郷を思い出していた。ナースに至っては涙まで流している。偶然にも全員の故郷が山形県だった。


「東京の冬を舐め過ぎたんじゃないかね?山形の冬を思い出し、冬の厳しさも思い出すといい」

 

タカシは深く内省した。


「素肌に革ジャン、こんな薄着で厳しい冬を乗り切れるはずがなかった…」


風邪の原因は「極端な薄着」にあった。


手術後、タカシは肌着を身につけるようになった。それ以来、タカシの風邪の噂は耳にしていない。

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