真夜中の出来事
「……正直、生き残れるとは思わなかったな」
「私も、せーの次は私かと思って心臓吐き出しそうだったよ」
僕とかなめはランタンを間に挟んで、床にうずくまってカップラーメンを啜っていた。僕はとんこつでかなめは白湯だ。温かいものを食べると妙に最近泣けてくる。
ランタンは例えばムーミンのスナフキンが使ってそうな、大きい電球が付いた手で持つ街灯っぽいものじゃなく、例えるならタコ焼き機を横に倒して豆電球を等間隔に並べたようなものだ。
こっちの方が光力は遥かに強いし、光の調節もできる。それだけでなく単三電池4本で300時間は持つ優れモノだ。LEDだから火事の心配もない。
一応、アンティーク風なランタンも所有しているが、太陽光電池内蔵と聞くから買ってみたら光力がやや弱くてガッカリした。アレはアレで本を読むには困らないからいいんだけど。
「大丈夫? どっか噛まれてない?」
「平気だよ噛まれてたら今頃は君と一緒に人肉求めてうろついてる」
「私が助けなかったら危険なところだったでしょ。私に借りができちゃったねぇ」
「すでに君を家に住まわせてやってるという大恩の前には、風の前の塵に等しいけどね」
「は? 男なら甲斐性のあるとこ見せるのは当然でしょ? ましてや私みたいな美少女になら」
僕は皿に盛った干し芋やレーズンを口に放り込みながら、かなめと軽口を叩きあった。
今日は互いに怖い思いをさせられたので、僕らは雑談して嫌なことを忘れて楽しい気分になりたかったのだ。
「しかし、このマンションの安全神話も崩壊しちゃったね。まさか上の階から来るなんて思いもよらなかった」
「流石にもう心配はないだろ。次は壁を蹴破って突入してくるのがいるかもしれないけど」
「やめてよ。そういうのって大体言い当たるんだから」
かなめはそう言って、麺の塊を頬張りながらランタンの明かりを少し弱めた。
普段はジャージなのに、今日は素肌の上に丈の合わない僕のセーターを着てるから、それがずり下がって露になった胸の谷間が少し気になる。
「強いていうなら下の階が気になる。僕らも同じように7階6階に降りられるし、物資確保のためにはその内必ず降りなくちゃいけなくなる」
「そう。結局危険なのは外でも家の中でも同じってことだね。ただ多少眠れて凍えなくていいってだけで」
「僕もいるじゃん」
「え?」
かなめが僕の顔を見てきた。僕は今日の騒乱の中で感じたことを言おうと思って口を開いた。
「君前に僕に求婚してくれたでしょ。あの時はどうせ僕の財産目当てかよと思ったけど、君も巨乳でかわいいから突っぱねもせずに、適当に片付けちゃったんだよね」
「おう。んで?」
あ、ちょっとキレかけてる。どうでもいいけど箸の持ち方変だなかなめ。
「でも、今日のことで思ったんだけど、僕は多分あんまり長生きできないと思う、20になるまでに生きられるかも怪しい。でも、死を意識したら急に意味のある死に方が欲しくなったんだ」
「それで、死ぬなら私をかばうなりして勇ましく死にたいと? それで私の心にせーは永遠に生き続けるというわけね」
台詞を取られた。そこまで病んだ思考ではないけどまぁだいたいそうだしいいか。
ただ死ぬにしてもどんなに小さくてもいいから功績を残して死にたいと思うのは、古今東西全ての人の願いでもあるだろう。
僕はもしかなめか僕かどちらかしか生き残れないような場面に出くわしたら、かなめを守りたいと思った。
「だから僕と結婚してほしい。僕許嫁いるけど、今の僕にはかなちゃんしかいないんだから誰よりも大切にしたい」
「先に求婚しといて何だけどムードもクソもないプロポーズね。え? アンタ許嫁とかいたの? 今時そんなのがあったとは……」
「多分もう死んでるからもういいんだけどさ。というか僕も寂しいんだよ。親父もお袋も考えたくないけどもう死んでるんだろうから、心の拠り所が欲しいんだよ」
「ちなみに、許嫁の御方が存命でいらっしゃった場合はいかがなされるおつもりなのか」
僕がめちゃくちゃ緊張して話しているのに、かなめはスープを飲んで僕の顔を見ようともしない。
「え? その時はもう月契約で愛……すいませんそのドリルを僕に突きつけるのはやめようね」
かなめに武器を持たせるとこうなるのか。これから怖くて寝れなくなるじゃないか。
「まずせーは一つ勘違いをしてるんだけど、私別にせーの家柄が好きになったわけじゃないんだけど。今せーが自分でも言ったけど、下心はあるけどこんな状況下で私を大事にしてくれるから好きになったんだけど」
「それ僕の眼を見てもっかい言え」
「嫁を疑うような下賤な男と結婚なんかできない……破談にしてください」
「あーわかったよ! 僕が悪かったから結婚してくれ!」
「よかろう」
婚約成立。
僕はてっきり木漏れ日が輝く森林の中や、三ツ星レストランの中とかビル群の中でも一際高い高層ビルの屋上とかでプロポーズをすると思ってたし、未成年でするとも思ってなかったけど、構わない。
幾つものステップを飛び越えて勢いだけで求婚したけど、この正直内面はうっとうしいと思っている顔と体型で選んだ彼女が僕の運命の人なのか。親父が知ったら激怒するだろうな。
「あーあ、私こんなえっちな人と結婚してこれから大丈夫なのかなー。そういえばせーって私に股間を蹴られた後に生きて帰ったら何とかかんとか言ってましたよねー。ほら、どうぞご自由に」
そう言って、かなめは僕の腿に頭を乗せて寝っ転がってきた。何だ。結局いつもと同じじゃないか。結婚したところで何も変わらないじゃないか。
「かなめはかわいいね」
「そう言うの、性的な目で見られてると分かってからだと急に気持ち悪く感じるんだね」
「うるさいな。最初からわかってたんだろ」
僕はかなめの両脇を持って僕の方へ抱き寄せると、ずり落ちそうだったので腕を回して抱き止めた。
「このくらいが何だかんだ一番落ち着くんだよね」
「あーそーですか」
だって一線を越えたら今の関係まで変わりそうなのが怖いんですもん。
僕が今口にとんこつ臭いけどキスできるかなと思った時、ベランダの戸が揺れる音がした。
「うっ」
「ひ……」
それは風のせいなんだと僕らは分かっていたが、今日あのようなことを経験してしまった僕らは分かっていても震えてしまった。
「だ、旦那様、見てきてくださる?」
「はいはい」
僕はスマホのライトをつけて恐々カーテンを開いたが、やはり誰もいなかった。
「風だよ。今日は強いんだ」
そう言ってライトを消すと、暗闇の中で本当に小さな灯が見えた。蚊取り線香の火だった。
僕とかなめが殺したゾンビはもし感染症が蔓延したら終わりなので、僕が一人一人苦労して真下に投げ落とした。さしずめ、落下葬とでも言うべきか。これに時間をかけすぎたから、上の探索は明日に持ち越しだ。
しかし、流石に祟りがあったら困るから、せめてもの鎮魂に蚊取り線香を真冬に焚いた。線香ってちゃんと書いてあるし、こういうのは形式より信心の方が大切だからいいだろう。
僕は数秒手を合わせてから再びカーテンを閉め、振り返った。
「なーんでまた脱いでるんですか」
かなめがまた服を脱ぎ始めた。やっぱりコイツ裸族だよな。間違いない。
「だって裸でくっつきあって寝ると気持ちよかったし、これから毎日やるって言ったでしょ。ほら、せーも脱ぎなさいよ」
「いや、僕は結構です……うわ! ちょっと何するんですか奥さん!」
僕が羞恥心を忘れてしまったかなめを放置して寝袋を敷いた時、全裸のかなめが後ろから抱きついてきて、不意を打たれてそのまま押し倒されてしまった。
「助けて! 変態に汚される!」
「前々から薄々気づいてたんだけど、せーって実は私よりも非力なんだよね。こんな細腕で大丈夫なの?」
そう言って僕の身体を仰向けに起こすと、僕がかなめを押し退けようとした手を鷲掴んだ。かなりの握力だった。どうやら認めたくないが事実らしい。僕のイチモツに膝蹴りしてきた時の威力も凄まじかった。
「いや、あの……こういうのはもっと仲良くなってから……」
「は? これ以上ないくらい仲良くしてるじゃない? というかいつ死ぬか分からないんだったらせーも悔いなく死にたいでしょ? そもそも女の子に恥をかかせるんじゃないの。次抵抗したら骨折るわよ」
かなめが僕のフランネルシャツのボタンを強引に外して迫ってくる。
「私も実は肋骨が浮き出てるような痩せぎすの体型が好きなのー。お互い容姿が好きでよかったとちょっと安心してる……じゃあ、いただきます」
「えっ……あの、お願いちょっと待って……いやあああああああああああああああああああああっ!!!」
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