原因はいつもあなた

 絶え間なく打ち上がる花火は、今が夜闇に包まれた時間帯であったのならばさぞかし夜空にえたことであろう。しかし残念ながら今は朝方。太陽も頂点までは昇りきってはいない時間である。

 ヴィクターの頭上数センチのところで花開く花火は盗賊たちにとっては絶好の目印となるようで、近づく草をかき分ける音にクラリスの焦りはどんどんと大きくなる。


「ちょっとヴィクター、それどうにかしまえないの? そんなのだしてたら、どこへ逃げたって私たちの居場所なんてバレバレじゃない!」


「ワタシだって好きでこんなものをだしているわけじゃあない! と、とりあえず手を離してくれ。愛しいクラリス」


 そう言われてクラリスが手を離せば、だんだんと花火の打ち上がる数は減っていき、じきに落ちついたヴィクターがこほんと一つ咳払いをする。

 その頃には小さな花火たちはクラリスの見た夢だったかのように消えてなくなり、少し惜しいと思う気持ちを彼女は振り払う。


「すまない。これは呪い……というか体質みたいなものなんだ。理解してくれ」


「理解してくれって言われても、あなたのそれのおかげで何度私は危険におかされたことか……ってそうじゃない! もれなく今も危険の真っ最中よ。早く逃げないと追いつかれちゃうわ!」


「Hmm……逃げようと言われても、どこへ?」


「えっ?」


 帽子を被り直したヴィクターの視線の先にクラリスも振り返れば、数キロメートル先まで穏やかな草原が広がる光景に自分たちが今現在どこにいるのかを思いだす。

 もう一度草むらに入り逃げ回ることもできるが、それでは盗賊たちとばったりはち合わせすることも考えられる。

 クラリス個人としてはこの先に見えている国の中まで逃げてしまいたいところではある。しかしその選択をとれば国の中までこの追いかけっこは続くだろう。そしてなにより、それでは無関係の民衆を巻きこむ可能性もありえる。


「ほらね。我々に逃げ道はない。やっぱりさっき迎撃げいげきするべきだったんだ」


 黙るクラリスを見て、彼女の心を読んだかのようにヴィクターは息を吐く。


「でも元はと言えばあなたが余計なちょっかいだしてきたからじゃない! どうして私までこんな目にあわないといけな――」


 まるで自分が悪いかのような言われように、クラリスもさすがに一言言ってやろうとヴィクターに詰めよろうとする。――だが、そんな彼女の顔のすぐ横を、なにか鋭いものが通り抜けた。クラリスの耳の紫色の宝石がついたイヤリングが揺れる。

 クラリスの耳には風を切る音しか聞こえなかったが、ヴィクターの目にはそれが何であるのかしっかりと映っていた。


「……ほう」


 それは、盗賊たちが持っていたボウガンの矢であった。


「な、なに!? ちょっとヴィクター。もうこんな言い争いはいいから、とりあえずここを離れましょう! 本当に襲われてからじゃ遅いって、きゃっ!?」


 本格的な身の危険を感じたクラリスは、同じことの繰り返しとは分かっていてももう一度ヴィクターの手を取って逃げだそうとする。


 が、そんな彼女の足元に前触れもなく、それまでは無かったはずの緑色の鉄の板が現れた。

 その板は立方体を開いた図のごとく六つの正方形からできているようで。クラリスがなにであるのかを理解するよりも先に板自身が起き上がり、鉄のぶつかる音を立てながら誰の手も借りることなく自動的に組みあがっていく。

 頭上をふたする板が閉まる音を最後に、箱の中に閉じこめられた彼女は四方八方を闇に囲まれてしまったのだ。

 箱はどれだけ強く叩いても開く気配はなく、クラリスに残された行動は外にいるヴィクターに助けを求めることだけであった。


「ち、ちょっとなによこれ。ヴィクター、これあなたがやったんでしょう! ここから出して! なにも見えないしすごく狭いわ!」


「Haha、すまないねクラリス。キミが幼子のように暗くて狭い場所が怖いとでも言うならば今すぐにでも出してあげよう。だが、そうじゃあないなら少しの間我慢していてくれ。ワタシはキミのことが世界で一番大事なんだ。かすり傷ひとつでさえもキミを傷つけたくはないのさ」


「そうは言っても、あなたはどうするつもりなの? さすがにあの数を相手にするだなんて馬鹿なこと……」


 なにか余計な好意が耳に届いた気もするが、今はそこにかまっている場合ではない。

 心配そうに語りかけようとするクラリスの頭上から、トン、となにかが軽くぶつかる音が響く。


「そんな馬鹿なことをもしも成し遂げることができたなら――キミはワタシに惚れなおしてくれるかい? そうであったならば嬉しいんだが……いや、惜しいがおしゃべりはここまでにしよう。さぁクラリス。キミは舌を噛まないように口を閉じた方がいい」


「えっ、なにそれ。あなたまさか」


 不穏な言葉を口にしたヴィクターの声を最後に、プツリと外界の音の一切が遮断される。

 そしてすぐに感じるわずかな衝撃。ヴィクターが彼女の入るこの箱を蹴ったのだということは、外が見えない状態の彼女であっても容易に分かった。


「うそ、もう、本当に馬鹿なんだからぁー!」


 記憶する限りではこの先は急な斜面。もちろんその記憶は正解で、重力によって後ろに引かれたと思った時にはすでに彼女はゴロゴロと箱ごと坂を転がり落ちていたのだった。

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