禍災の魔法使い、メリーバッドエンド後の世界を旅にでる〜王族殺しは他人の城で幸せの花火を打ち上げるのか〜

紅香飴

プロローグ ワタシはキミの魔法使い

少女と紳士とそれからたくさんの盗賊たち

 見渡すかぎりの青い空。

 思わずあくびが出るような暖かな陽射しは気持ちがよすぎるほどにうららかで、空を見上げる者たちに少し早い春の訪れを感じさせている。

 かくいう木陰でそんな空を眺めている彼女もその中の一人で、大きな木の下に都合よく置かれた岩の上に寝転がりながら何十分もそうやって眺めつづけていた。

 もちろん趣味ではない。それしかすることがないのだ。


「……遅い」


 ボソリと口から出た言葉には、彼女自身が思っていたよりも確かな苛立いらだちがこめられていた。

 爽やかな風に乗った草の香りに小鳥の歌声。はじめは楽しいと感じていたものでも、こうして時間も経てばさすがに飽きは生じてくる。

 ゴロリと寝転がっている彼女の美しい金色の髪には落ち葉が絡まり、透き通るような青色の瞳は眠気に負けて今にも閉じかける。一目で高級な布地を使っていると分かる藍色のワンピースにも今は砂埃がついていた。


 おまけに彼女のいるここはどこかの国と国とを繋ぐ道の途中。通りかかる旅人もいないような、まったく代わり映えのしない見渡すかぎり草ばかりの景色なのである。

 これならば宿でも探してのんびり歩いている方がはるかに有意義。さすがに彼女も我慢の限界であった。


「あぁ、もう! ヴィクターはいったいどこまで行ったっていうの!? 私をこんなところに放置して、もうすぐ一時間は経つわよ。もう待つのにも飽きた。こうなれば彼のことなんて放っておいて私だけでも先に――」


「先に、どこに行こうっていうんだい?」


「ぎゃっ!?」


 人間、本当に驚いた時には可愛らしい声などでないものである。青い空を眺めている最中に突然視界の端からにゅるりと男の顔がでてきたとなれば、驚かない人間などいないはずがない。

 飛び上がった少女が岩から転げ落ちたのを見た赤髪の男は、金色の丸眼鏡の奥にある紫檀色したんいろの瞳を歪ませると楽しげな笑い声をあげた。


「Haha! いや失礼。クラリスが鈴の音のようなあまりにも可愛らしい声でワタシの名前を呼ぶものだからね。少し意地悪をしてみたくなったのさ」


「なによそれ……。それよりもヴィクターったら、ずっとどこに行ってたの。突然『あっちで面白そうなものを見つけたから、キミはそこで捨てられた子犬のように待っていたまえ!』なんて言って消えちゃうんですもの」


「それについては謝ろう、クラリス。ごめんなさいだ。……ふふ、なぁに。ここらは有名な盗賊の一団が縄張りとしている地域みたいでね。前に訪れた街で彼らに懸賞金がかかっていたのを思いだしたのさ」


「それは私も見たけれど……。って、待ってヴィクター。その楽しそうな口ぶりってことは、あなたもしかして……」


 そこで彼女――クラリス・アークライトは一つの考えにたどりつく。そしてその考えが正解であったとすぐに気づかされるのだ。


「おい、テメェらいたぞ! さっきの変な帽子の野郎だ!」


 のどかな一本道に突然響きわたる男の怒鳴り声。

 その道を外れた山々の方からクラリスたちの元へと駆けてくるのは、どれもが大きな刃物やボウガンを手にした大柄な男たちであった。

 その数は三十人は超えているだろう。


 彼らの言う変な帽子の野郎――もといヴィクターは、被っていた懐中時計や歯車の飾りがついた焦げ茶色のシルクハットのつばを触り不満げに口をとがらせる。


「Hmm……変な帽子とは酷いな。それにしても、思ったよりも早い到着だったね」


「ちょっとヴィクター! あなた私と離れてる間になにしでかしてきたっていうの!? あれ、普通に考えて異常事態よ!」


「んん? たいしたことはしていないさ。ワタシが根城に到着した時、ちょうど彼らは食事中だったみたいだからね。パンに本来は塗るべきバターを泥に変えてやり、金銀財宝を家畜の餌に。そんなイタズラをするついでにボスの首をもらってきた。それだけさ」


「それが原因じゃない! なによ、首をもらうって!」


「おや、実物鑑賞をご希望かい? クラリスは意外と悪趣味なんだねぇ。次の国でこれと交換に懸賞金でもいただこうかと思ったんだが――」


「わぁー! いい! 見せなくていいから!」


 一見すると彼の両手にはなにもない。それでもなにかよからぬものを見せようとするヴィクターを慌てて止めたクラリスは、その場に立ち上がってこちらへ向かってくる盗賊たちに目を向ける。

 言わずもがな先ほどよりも近くへ迫ってきている盗賊たちは、大声で罵詈雑言ばりぞうごんを吐き散らしながら武器を振り回している。

 彼女の隣のヴィクターは「品がないね」やら「そんなに怒らなくても」などとボヤいてはいるが、きっとクラリスとて彼らと同じ立場ならばあのように怒りもするだろう。


 ――って、そんなこと考えてる場合じゃないわよ!


 このままではヴィクターもろとも襲われてしまうのは目に見えている。

 しかしこの辺りは一本道で、仮にこのまま道沿いに逃げたとしても追われつづけるのは確実。


 ――それなら……


 盗賊たちが来ている方向の反対側には、クラリスの背の高さほどもある広大な草むらが広がっている。

 長身なヴィクターには悪いが、帽子をとって少し身を低くしてもらいながらであれば逃げることができるかもしれない。


「よし、ヴィクター! こっちの草の中なら隠れながら逃げることができるかもしれないわ。行きましょう!」


「Hmm。どうせなら迎え撃った方が早くないかい?」


「いいから行くの! ほら急いで。目立つから帽子はとってね!」


「ひょえ」


 好戦的な姿勢を崩さないヴィクターに痺れを切らしたクラリスは、説得する時間も惜しいと彼の手を掴んで強制的に走らせる。頭上から同じ人物のものとは思えない間抜けな声が聞こえたのはきっと気のせいだろう。

 一心不乱に草をかき分けながら先導するクラリスは、後ろを気にする余裕もなくただ前を向いて走る。

 そして何分走った頃だろうか。彼女の視界は突然ひらけた。


「わっ……」


 足元の急な斜面に驚き立ち止まる。

 目の前には今までクラリスたちが通ってきた草むらとはまた違う、背の低い草花がさらさらと風に揺られる草原。

 そしてその先にあるのは、数キロメートル離れたこの場所からでも分かるほどの大きな城と城壁。そしてたくさんの建物にそれを囲むへい――ひとつの国が、そこにはあったのだ。

 まだまだ遠くて小さくしか見えないが、確かにそれは存在している。


「よかった。あそこなら今日は野宿なんてしなくてもすみそうね。あとは無事に私たちが逃げきれてさえいれば――」


「あっちにいるぞ! テメェら、俺たちから逃げきれるだなんて思ったら大間違いだからなァ!」


 今までは必死に走っていて気がつかなかったが、盗賊たちの声はどうやらかなり近いようで。


「な、なんで!? 私たちジグザグに走ってきたし、隠れていたから見つかるはずがないと思ってたのに。こんなに早く居場所がバレるだなんて、ねぇヴィクター」


 予想外のことにクラリスは困惑し、助けを求めてヴィクターの顔を見上げる。

 しかし、彼と視線が合うことはなかった。


「……」


「ヴィクター……あなたそれ……」


「……だって。き、キミが……」


 ヴィクターはクラリスに掴まれた方とは反対の手で持ったシルクハットで顔を隠しているようで、耳まで赤くした彼は隙間からチラリと彼女の顔を覗き見る。

 彼の様子を見て、クラリスは自分たちの居場所が盗賊団にバレた理由を理解した。


「キミが、突然ワタシの手を握るから……!」


 絞りだすような声は不規則に響くパンッという破裂音によって邪魔をされる。

 それもそのはずだろう。ヴィクターの背後からはそう話している間にも、繰り返し美しく空に咲き誇るが打ち上げられていたのだから。

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