82 天業・人類鏖殺す呪い

「『天業テンゴウ』ォォォォォォォォォォォオオ!」


「――『翠尽祟虚スイジンスイキョ落陽ラクヨウ』!!」


 瑠天の星の命の完全静止。

 赫天の星の命の完全統御。


 そして翠天のそれは――星の命の完全鏖殺おうさつ


 星を呪い殺す最大呪術。星の端末としてそこにいるすべての生命含めて殺す。

 殺す、死なす、鏖す。

 貴人も畜生も区別なく例外なく満遍なく。

 隅々までひとりひとりを確認して丁寧に丹念に。

 絶対無謬、天に確定された逃れられない運命として。


 ――殺す。


 それは正しく鏖殺みなごろしの呪詛であった。


「揃いも揃って規模の大きすぎる術を!」


 アカはそれに気づくと即座に攻撃の手を止める。

 既に天業は発動された。ここでルギスを殺し切ったとしても、その呪詛は止まらない。

 ならば呪詛が世界に広まる前に対処せねば――文字通りこの星が終わってしまう。


「無尽蔵の魔力……敵の損傷の多さ……規模の大きさによるほつれ……なんとか、歪めて……!」


 アカがそこで選んだ色相は対抗アイ

 対抗アイ魔術における特殊技巧――他者の術式への介入だ。

 それは当然、術式を消去するよりさらに二段ほど難易度を増すが……この時には関係がない。

 なぜならその介入を受ける側が許容しているからだ。いや、こうするとはじめからわかっていた。

 消去を選んだのなら確実に阻害されていた。他のどの選択肢であっても、ルギスの天業をわずかでも邪魔立てすることは不可能であっただろう。


 両者の利害の一致があってこそ、この妨害は成立する。


 術式を改竄した内容は範囲に関する項目のみ。

 この星そのものから、アカただひとりに呪詛対象を変更させた。


「ふん、本当にお前は度し難い愚か者よ」


 そしてそれこそがルギスの狙い。

 彼としても星の終わりを望んだわけではない。

 別に絶滅してくれても構いはしないが、できるなら呪詛の実験台は残しておきたかったのが本音だ。

 ここまで魔力を使えばアカは殺せてもエインワイスにはまた逃げられてしまうだろうし、そうするともはや彼女を殺す機会は失われる。


 人類がいるから、エインワイスの気まぐれは起こる。


 ルギスを拾ったように。

 アカを拾ったように。


 命なき星に、彼女はなんの興味も示さないだろう。

 ならば囮に塵を生かさず殺さずあり続ければ、いずれいぶり出すこともできるだろう。それが無理なら、次元の果てまで届く呪詛でも考えようか。

 長命だからこその遠大な、そして大雑把な見立て。

 

 ともかくこの場でアカを殺し、かつエインワイスもまた殺しうる可能性を残す。

 それで、まあよしとする。


 ……などと冷静ぶって今はそのように考えているが、実際のところは後付けで、怒りのままに呪詛放ったのが本当だ。

 激憤は我慢ならず、愚弟の在り様は許し難く、ただ目の前から消えてしまえと後先なんか考えていなかった。


 ただ目障りなものに死ねと、子供のような駄々をこねたに過ぎない。


 だが結果は最良、愚かな弟弟子では自らの意志で死へと飛び込む。

 はじめからそうしていればよかったのだ、これだから愚者の野放図は面倒で鬱陶しい。


「死ね、アーヴァンウィンクル!」

「せっ、せんせー……!!」


 対抗アイ魔術による改竄は成功。

 そしてまた、翠の天業も同じく成立した。


 星ごと殺す呪詛を、アカがただひとりで背負う。


「……っ」


 無論、そんな状態で生存できるわけもない。

 たとえ命を司る赫天であっても、星と繋がったとしても、星ごとすべて命を殺す翠の死に侵されてはなす術もない。

 アカの全身が不気味な翠に包みこまれ、一瞬もなしに粉砕される。

 髪の毛一本も残さず、細胞の一片も残さず、真実すべての肉体をこの世から消失させて――死んだ。


「……え」


 死んだ。

 アカが死んだ。

 赫天のアーヴァンウィンクルが死んだ。


「うそだ」


 この目でしかと見届けてしまった。

 否定しようにもできないほどに確かに、クロはアカの絶命を確信した。

 だからクロにできるのは。


「うぁ……ぁぁ……」


 絶望することだけ。


「あぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ――!!」


 アカと出会ってからの色とりどりの日々。

 素晴らしく充実したなににも代えがたい時間。

 これからも続くと信じた、天などよりもずっとずっと愛おしい幸せ。


 それらがこんなにも容易く零れ落ちていく。

 最低最悪の翠に飲み込まれ、もはや帰ることはない。

 だからあるのは悲哀の涙と、憤怒の握り拳。


「おまえのせいだ……!」


 砕かんばかりに歯を食いしばって、心の全部が憎悪に塗りつぶされていく。

 そうだ最初から悪いのはただひとり。

 家族を奪い、アカを奪った最悪の――


「うるさいぞ塵屑」


 アカを屠った直後でもなんら感慨もない。弟弟子を殺しておいて思うことはなにもない。

 ルギスは当たり前につぎの行動に移行しようとして、目についた塵にまた常のように怒りを抱く。

 彼はすべてのものに怒っていた。常に激怒し、なにもかもに腹を立てる。

 喜怒哀楽を理解せず、ただ怒というひとつにのみ心が定まってしまっているかのよう。

 彼はその怒りを発散せんと怒鳴り、殺し、呪いをばら撒く。


 己の憂さを人に押し付け、うっ憤を晴らす。

 この世の誰もを誰もを自分より下だと決めつけることで歪んだ自尊心を満たし、だが逆に塵屑どもを見下すことでその不様にまた怒る。


 身勝手に無尽に怒り続ける天、それが翠天のルギスであった。


「そういえば、お前には私の死が憑いているのだったな。ふん、生意気にも延長しているようだが無駄なこと、とっとと――」


 本当にただ煩わしいからというだけで、酷く無造作にルギスは魔術を放つ。

 それはクロに刻まれた呪詛を活性化し、期日をまたずに命を奪えという指令。


 幾ら天に届きかねない異才をもっていても、激発する憎悪に満たされていようとも。

 翠の死は無慈悲になにもかもを消し去ってしまう。

 希望も、光も、命も。

 ただ彼の一言で――


「死ね」









「死なせません――我が赫天カクテンの名に懸けて」


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