55 見落とし


「ハズヴェントくん、きみ、本当に何者だい?」


 ジュエリエッタは気絶したアンカラカを造形キイ魔術によって作り出したロープでふん縛って、それから止血を施す。

 死なない程度の治療だけをすれば、首だけで振り返って強烈な疑問をぶつける。


 鮮やかな傷跡は見ただけで戦慄するほどに鋭い。赤魔術師として多くの怪我人を診てきたジュエリエッタをして、感嘆する。


「だから、騎士さまだってば」


 ハズヴェントはなんてことないように肩を竦めるが、なにを世迷言を。

 ジュエリエッタにはわかっていた。アンカラカはしっかりと強化魔術を事前に施してあった、反射速度も防御性能も破格であったはず。

 なにせ彼女は生命アカの九曜の冠を戴いた魔術師……強化魔術はお手の物、十八番だ。


 そんな彼女になにをさせることもなく完封し、なおかつ殺さず捕縛する。

 どんなありえない使い手だという。


 ただの騎士だなんてそんなはずは……待てよ?

 騎士。騎士だと?


 まさか。


「クロ! きみたちの住まう国は、もしやハンドバルド王国かい?」

「え、そりゃそうよ」


 なにを言っているんだと首を傾げる。

 噛み合っていないことに苛立ちながら、ジュエリエッタは叫ぶ。


「ワタシの住処は別の国だよ。セントバード連合国家、騎士という職業が雑兵にも与えられる国だ、いや、一般兵士のひとつ上、部隊隊長クラスを騎士と呼んでいる」

「? ハンドバルドだと、ちがうの?」

「全然違う。

 ハンドバルド王国において騎士という号を背負う者は十二名しか存在しない」

「え」


 ハンドバルド王国における最強の戦士、国に仕えた無敵の騎士――それの名を「暦の騎士カランドリエ・シュバリエ」という。

 月位ゲツイ九曜が魔術師協会における最優の魔術師であるというのならば、「暦の騎士カランドリエ・シュバリエ」は国で最上の戦士を指す。


 互いに比類なき実力者であるという点は共通しつつ、けれど戦闘という場においては長じるのがどちらかと言えば、騎士であろう。

 ハズヴェントはなんとも言葉に迷いながらも、緩く笑って。


「ん。ま、隠してたわけじゃねぇけどな。いちおうおれの軍で与えられた席次は四月……「四月の騎士フロレアル」ってな」

「……説明しておくと、国で四番目に強いと王に認められているということだよ。まったく、なんてことだ」

「ハズヴェントがすごいのは知ってけど、偉かったのね」

「暦の騎士って……すっごく聞いたことあるなぁ」


 クロとキィ、アカの弟子筋であるふたりも、彼の黙していた役職については知らなかった。

 ただひとりを除いて。


「ん。あたしは知ってたぞ」

「え、アオそうなの?」

「まあ、あたしはハズヴェントの弟子みたいなところあるしな」

「……アーヴァンウィンクルさまの弟子で、「暦の騎士カランドリエ・シュバリエ」の弟子か。なんとも破格の存在だなぁ、君は」


 しみじみと、そして羨ましそうに、ジュエリエッタはぼやいた。

 割と本音がにじみ出ているが、手は動いている。もう一度造形キイ魔術を使い、適当なズタ袋を生成する。


「ハズヴェントくん、彼女を担ぐのも面倒だろう。袋にいれて引きずるといい」

「割と雑な」

「多少なり恨みはある、それくらい手荒にしてくれて構わないよ」

「了解」


 いそいそと作業をはじめる。

 成人女性ひとりを袋に詰め込むというのは結構な重労働だろうが、ハズヴェントは手早く、そして前言通り大雑把に放り込む。まるで粗大ゴミのように。


 その背中に、思い出したようにクロが質問を。


「あ、そうだ。ねえハズヴェント」

「ん、どうしたクロ」


 身近な隣人が卓越した絶技の担い手であった。

 だからどうした。

 クロは平然平素のままでハズヴェントへ言葉を続ける。


「さっき先生に言ってた悪い癖ってなんのこと?」

「あー。ありゃ才能のある若い術師を見ると世話焼きたくなる旦那のサガのことだな」


 ――才ある子を見ると、助力してあげたくなる。道行きを手伝いたくなる。


 師としてのサガのようなもの。アカの悪癖のひとつ。

 クロは思い当たる節が沢山あって、なんだか苦笑してしまう。


「たしかにまあ、悪い癖ね。

 でもあの案内人の子、九曜なのよね? そんな子がなにか困ってるのかしら」

「さぁな。けど旦那はおれの悪い癖って発言に否定しなかった。そりゃそういうことだろ」


 アンカラカとカヌイのふたりに遭遇したときも、アカの視線がカヌイに釘付けになっていたのをハズヴェントは知っている。

 いや、目的はアンカラカのほうじゃなかったっけ? それでいいのかあの人は。


「そっか。まあ、先生の視点なんてまだまだわたしたちじゃわかんないもんね」

「そうだな。

 ……ん、よし。これでいいだろ。移動しようぜ」


 大袋の入口を縛ってそこを握る。

 そのまま袋を引きずって、ハズヴェントは歩き始める。


 待ったをかけたのはクロ。


「って、どこ行くのよ」

「旦那は大陸の外へって言ってたな。とりあえずこのまま西に向かうか」

「それでいいと思うよ。大陸中に竜が妨害の術を敷いている、それから逃れないとアーヴァンウィンクルさまとは言えど空間ムラサキ魔術での帰還はできないからね」

「あー、その妨害から外に出ておけってことだったのか」


 同時に、かつて設置した竜を漏らさないための大陸を仕切った結界、それの外にさえ出ることができれば竜は外部への干渉ができない。完全な安全圏というわけだ。

 まあその竜はそもそも今、アカが引き付けてくれているはずなので、そこまで焦る必要もないのか。


 ノーであると、キィがむしろ急いた様子で。


「急いだほうがいいかもね」

「なんで」


 天を仰いで――否、この領域を見て。


「ハズヴェントが持ってる短剣で今の環境調整は保たれてるんだけど、それ、流石にセンセが予め充填しておいた魔力分がなくなると切れちゃうから」

「へぇそうなんだ……旦那、どのくらいで戻ってくると思う?」

「んー? どうだろ。あれで結構、熱中するところあるからなぁ」


 キィが明確に答えられずにいると、アオがひとつの事実を告げる。


「ドラゴンの数減らしをするんだろ? それをどれくらいやりこむかによるんじゃないのか? マジでやりこむとなると、まあ負けるとは思わないけど時間はかかるだろ」

「……数は面倒だわな」


 どれだけ強大な一個であっても、多勢に無勢というもの。

 無論、勝てないわけではなく、時間がかかり手間取るだけ……というのが天なる存在の逸脱さであるが。


 ともあれアカと合流できるか、ハズヴェントらが妨害の外に逃げ延びるか、果たしてどちらが先になるのか。

 いや……最悪の場合は、短剣の魔力切れが先んじる可能性もある。

 それだけは困る。


「ともかくじゃあ、急ぐか」

「はーい」


 ハズヴェントを先頭に、再び彼と彼女らは歩き始めた。



    ◇



 ――この場において、戦闘という行為に対して最も熟達した人間は間違いなくハズヴェントである。

 しかし同時に。

 この場において最も魔術を知らないのも、ハズヴェントなのである。


 月位ゲツイ九曜というひとつの頂きの為しうる魔術という可能性、それを見落とした。


 切り落とされたアンカラカの右腕。

 それに遅行式の術式を刻んであったことなど、気づけようはずもない。


 またひとつの不運が重なった。


 アカの領域、それは魔力を遮断する結界式のもの。

 その効力は内側の魔力反応を外へと漏らさず隠蔽するものであり、かつ。

 外の魔力反応を内へも通さない仕様となっていた。


 それは、アオが外部の魔力反応を受けて突っ走ったりしないようにと密かに組み込まれた機能であった。


 無論、最低限アカ自身の感覚であるのならばその遮断を超えて知覚できた。だが彼はこの場にいない。

 そして、残るメンバーで最も感知能力の高いクロであっても――アカのそれには及ばない。


 誰も、領域の外で魔術が発動したことに気が付かない。


 ハズヴェントの所持する短剣、それを中心に環境調整は敷かれている。

 よって彼らが歩き出せば、その場に落ちた右腕は……すぐに結界の外に出ることとなる。


 そして、そのとき遅行式の魔術は発動された。


 故に術に気づくのは内側にありえず――必然、外の誰か。


 腕一本、そのうえ咄嗟のこと。

 込められた魔力は少ないし、この極北地という環境下では大した魔術にはならない。

 それも織り込み済みで発動されたその魔術は――ただの信号発信のみ。


 我ここにありと、そう告げるだけの特殊な魔力反応。


 それを検知したのは一匹の竜と……もうひとり。


「かあさま……」

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