54 騎士たる者


「あー……。まあ。うん。じゃ、こっちもやるかー」


 星となったふたりを呆れたように眺めていたハズヴェントは、改めて気を入れなおす。

 彼の奇抜な行動には慣れっこだ。そしていつだってとるべき選択は放っておいてスルーである。


 今はこの場を任された信頼に応えるべきだ。


 ハズヴェントは緊張感のない締まりないにやけ面で剣の柄を握る。

 ひとり前に出て威命のアンカラカに相対する。

 クロらが加勢すべきかかと一歩踏み出そうとするも、片手をあげてひらひらとお断りされてしまう。


 この場はひとりで充分だと、ハズヴェントは言っている。

 舐め腐った態度のまま、彼は笑う。


「面倒だから降伏してくれると助かるんだが」

「冗談でしょう?」


 カヌイの離脱という心もとない現状には戸惑いつつも、結果としてはさほど恐れるメンツはいないとアンカラカは理解している。


 アンカラカからしてみれば、アカに告げられた協会の捕縛命令には肝を冷やした。

 心当たりはありすぎる。逃げ延びたと確信していたが、まさかこんなところまで追っ手が来るとは予想外。


 ともかくカヌイだけは敵に回すわけにもいかず、なんとか口を回して即時の敵対は避けたが、疑心は生じただろう。

 同行するのはやや危ないか……と思っていたところでカヌイと、それから強大な魔力をした白いローブの魔術師がふたり揃って消えてくれたのは僥倖としか言い様がない。


 今の内に目の前の奴らを始末して、その後はカヌイとも合流せずに逃げ延びることさえできればそれで身を晦ますことは簡単だろう。

 九曜の地位を失うのは痛いが、仕方ない。別に確立した目指すべきプランニングはほぼ完了している。この場さえ逃げることができれば、それでアンカラカはどんな魔術師にも成しえなかった素晴らしい高みへと到達するのだ。


 この後のスケジュールを瞬時に描き、それに問題がないことを確認すれば、アンカラカは不敵に笑う。


 まずは――邪魔者の排除。

 取るに足らない者どもを、嘲弄のようにひとりひとり行儀悪く指差してあげつらう。


「ジュエリエッタが戦闘で使い物にならないことは知っていますわ。

 じゃあ残りは多少使えそうなのがふたりと素人ひとり、それに魔術師ですらない雑魚一匹……どこに降伏する理由があるというのかしら?」


 アオとキィ、それにクロの魔術師としての能力を正しく認識する識別能力は流石に月位。

 そして、その程度の実力ならば蹂躙できるという見立ても、きっと間違いない。


 けれど――彼女はどこまでも魔術師であって魔術師でしかない。


「群れて挑めば勝ち目はあるとでも? ひとりでは無理でも協力すればなんとかなると言いたいのかしら?

 そんなわけがないでしょう。いくら雑魚が数を増やし――」

「ほい」


 アンカラカの腕が肘から先を失った。


「……は?」

「はやく止血しろよ、失血死するぞ」


 見ればいつの間にハズヴェントは抜刀しており、抜き身の刃を肩に置く。

 その事実に気づいてから、やっと彼の言葉を認識し、アンカラカは自らの右腕に視線を送る。存在しない。ただ血を垂れ流すだけ。


「ひっ……!?」


 そこでやっと猛烈な苦痛が灼熱と化して彼女を襲う。

 頭の中が掻き乱れ、この極北で異常な発汗、蒼白な美顔は痛みで歪み切っている。


 それでも彼女は月位九曜、壮絶な痛みのなかでも魔術を行使しうるだけの精神力を保持している。

 ハズヴェントの言う通り止血しなければ、このままでは死んでしまう。


 即座に生命アカ魔術――止血と痛み止めと、それから再生を含んだ治癒魔術を使用する。

 失った腕を、再生させる。


「うわ、すげぇ。トカゲでももうちと謙虚だろ」


 凄まじい再生速度。

 切り落とされた腕が秒速で生え治る。さすがに九曜の技量は感嘆する。

 その生存能力は九色随一、どれだけダメージを負おうとも倒れないおそるべき魔術師こそが赤魔術師である。

 けれど。


「治しながら他ごとできるほどではねぇわな」

「っァ……!」


 腕が再生したころには、ふたたび斬り裂かれてしまう。

 同じ部位を同じように切断する。

 時間が巻き戻ったかのごとき絶技であったが、ならばアンカラカもまた同じく――


「ん。それくらいでいいよ」

「っ」


 同じにはならない。

 ハズヴェントは再生速度を理解した上で、それよりさらに早く二撃目を加えた。


 また。

 アンカラカはなにも気取れない。

 一切の行動の前兆も見とれず、殺気も感知できない。

 刃で貫かれたというのに、それが終わってようやく認識が追いつく。


 この極北地に踏み入るに際し、もちろん威命のアンカラカは自らに身体能力と感覚器官を全力で強化してある。

 防寒も纏って、ついでに軽い防御結界も張って……しかし腹に刃が刺さっている。


 なんだその意味不明は。


「か……はァ……!」

「丹田を損傷させた、こっちも止血だけしろ――あぁいや、それはうちの誰かにしてもらえばいいのか」


 丹田の損傷、それは魔術師にとって致命的だ。

 そこは魔力の蓄積機関、傷がつくだけで魔力は漏洩して急激に減っていく。まして魔を断つ刃に刺されるということは、魔力器官の根底から乱されてしまうということ。

 下手な魔術師では魔力制御を取りこぼして魔術の発動さえ覚束ない。


 とはいえ九曜、アンカラカならばこの状態でも治癒魔術を扱うことが――


「あ、もういいって」


 あっさりと柄頭で顎を打たれて術は霧散。

 ぐらりと全身が揺れ、意識は混濁。耐えることもできずにそのまま倒れていく。

 もはや朦朧としたなかでうわ言のように。


「貴様……なに、もの……だ……!?」

「あんた人の話聞いてなかったのかよ――おれは騎士だって、言っただろ?」


 その言葉が聞き取れたのかは、誰にもわからない。





    □



 Q.月位ゲツイ九曜ってなんか弱くない?

 A.九曜は魔術師としての実力によって得られる称号であり、戦闘力とはあまり関係ないので、戦闘特化の騎士とか御伽噺の魔法使い相手はちょっと厳しいです。いや並大抵では勝ち目ないのが普通なんだけど。

 Q.じゃあ戦闘特化の九曜は?

 A.天に噛みつき得る。

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