授業・魔術師の三方向


「今回の授業は、大雑把な魔術師の分類についてです」


 今日も今日とて授業の時間。

 クロは席に座して静かにアカの言葉に耳を傾ける。


 黒板にチョークを走らせる音が心地よく、アカの声音が柔らかで優しく包まれるよう。

 なにも面白いことは言っていないのに、なんだか笑顔になってしまう。


 そんな様子に、アカはなにかいいことでもあっただろうか、程度に内心首を傾げつつも続ける。


「最も簡易にわけるとみっつ――研究者、戦闘者、そして教育者です」

「ふぅん?」


 含むような頷き方だ。

 アカは追求せず。


「そもそも魔術師となった者の目的は――まあ個人のそれは横に置くとすると――天を目指すこと、になります」

「そうね。そう言ってたわ」


 天上七位階――魔術師が高き天を目指すがために高低を位階の序列に当て嵌めたと。

 たとえそこに至ることができないとしても、それでも自らの届く限り高い場所をと望む。それが魔術師という存在であり、そのサガだ。


「そして魔術師の三方向と呼ばれるみっつの分類は、それぞれがそれぞれのやり方で天へと至ろうとする方法によってわけられます」

「ええと? どういうこと、研究者はわかるけど、ほかのふたつって……」


 どういう方法でもって天に至ろうというのだ。

 アカはあえてすぐには答えず、順番に説明をする。


「研究者は魔術について深く見つめ、問いかけ、答えを探すことをもって天を目指します。自己研鑽、と言ってもいいでしょう」

「うん。それはわかるわ」

「戦闘者も似ており自己研鑽が主なのですが、特に命のやりとりの狭間にこそ垣間見えるものがあると主張しているわけです」

「?」


 まるでわからないという風情のクロである。


「事実、魔術の大本になる魔力が生命力であり、それは死に瀕するとそこから逃れるべく研ぎ澄まされることがあります。

 また生死の境を潜り抜けるような精神力もまた魔術に好影響を及ぼすのです。命の危機は生物を急成長させる――いえ、しない者は生き残れない、と言ったほうが正しいでしょうか」

「野蛮ね。それと物騒よ」


 わざわざ命を危険に晒して進もうだなんて、そんなのは本末転倒ではないのか。

 だが確かに生き残った者は階段を昇っていくだろう。大勢の犠牲を伴って。


「ええ。ですがそれが彼らの理。生と死を正しく理解することで高みに近づかんとする。

 ……と言って、そうしたものを建前としてただ強くなりたいという別の欲求に走る魔術師もいますが」

「もっと嫌ね! 建前くらいしっかり握っておきなさいよ!」


 自らの掲げた理念すら欺瞞だなんて、そんな心構えで天に挑むなどできるはずもない。

 無論、仕事として戦うことが必要な者たちからすれば、魔術師の目指す天などどうでもいいのだろうけど。そういう者たちにとって、魔術はただの手段に過ぎない。

 そして、魔術師たらんとしない者に、本当の魔術を身につけることはできはしない。

 魔術は、心の学問であるが故。


「最後に教育者、これはある意味で一番、堅実で――次の世代に託そうという思想ですね」

「託す。なるほどね」


 すこしクロは鼻白んだ様子。

 アカはクロの言い分を理解しながら、先に説明を終えることを優先する。


「自らの才能の限界に気づいたか、終わりが近づいてしまったのか。そうした者たちは、別の誰かに自らの蓄えた知識や理法を教え与えることで、自身の研鑽が無駄にならぬようにと受け継ごうとします。

 連綿と続く命のバトンこそが天に至る道であると悟った者たちこそが教育者という分類ですね」

「その繰り返しで今があってみんなの役に立ってるんだから文句はないけど……」


 不満そうに唇を尖らせ。


「それって結局、自分は無理って諦めたってことじゃない!」

「……そうかもしれません」


 それはある側面において正しい指摘だった。

 自分にはできないから、自分以外の誰かに頼む。その思考は諦観であり、そんな心構えの魔術師はそれ以上先には行けまい。

 諦念による行き止まりだ。

 だから、教育者という道を選ぶ魔術師は往々にして年配の者が多く、学園の教師も常勤であれば大抵が高齢者だ。ただの職業として教師を選んだ者は、すこし例外であるが。


 とはいえ、クロの考え方には多少の勘違いがある。アカは、それを丁寧に教えてやる。

 

「ですが、それは彼らが諦めなかったからとも言えませんか?」

「は? どういう意味よ」

「自分にはできない。けれど、他の誰かならできるかもしれない。そう信じたから、自ら積み上げたものを惜しみなく教え伝えているのではないでしょうか」


 本当に諦めた者なら、もはやなにもすまい。

 自身の限界を正しく理解して、自己研鑽の無意味を悟って――なお、諦め切れないから誰かの助力をしようと思い立つ。

 次に続く者たちの背を押して、自身を彼らの踏み台として、自分には辿り着けなかった高いところへ行ってほしいのだ。


 クロは誰かの諦観をいずれ自分にも訪れる結末なのではと恐れるあまり、妙に反発しているのだろう。

 けれど、その道を選んだ誰かも、決してそこで立ち止まったわけではないのだと、アカはそう伝えたかった。


「……」


 目を丸くして驚くクロは、果たしてアカの意図を読み取れたのか。

 きっと、伝わっただろう。

 だってクロは深く得心いった風に笑ってくれたから。

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