14 呼び出し


自然アオ魔術学科特殊自然専攻のアオさん」


 ローベル魔術学園、三年一のクラス。

 学生たちが待ちに待った昼休憩において、多くが席を立ってその教室にはまばらにしか残ってはいない。


 そんな中でも自席でウトウトと寝ぼけた青い髪の少女がひとり。アオである。

 学食に向かうよりも、机に突っ伏して過ごしているのは残暑の陽気があんまり心地よいからか。


 半分夢見心地な状態のアオに、だからなにやら降ってきた声に反応が鈍いのは致し方ないのかもしれない。


「ん、なーに?」

「……」


 気の抜けた返事をすると、それに返ったのは沈黙だった。

 その反応のなさにすこし訝しんで、アオは机に伏していた顔を上げる。


「あ」


 と、思わず声が漏れた。

 見上げた先、机の前に屹立するのは、同級生ではなく自然アオ魔術学科の女教師であった。

 失敗を悟り即座に謝罪。


「すみません、先生。同級生と間違えました」

「おやまあ、随分と寝ぼけてらしたこと」

「先生は魔力の隠蔽がお上手でしたので」


 それは事実だ。

 この老教師、異様なほど魔力を小さく見せることが上手く、そこから見ずに生徒だとアオは断定してしまった。

 他の教師は殊更魔力を見せつけるように維持していることが多いのだ。

 高慢というわけではなく、生徒への威厳を示しているのだとか。


「あなたの判別が未熟ということです」


 ぴしゃりと言われてしまえば返す言葉もない。

 戒めと生徒に渾名されるほど――厳しい教師なのだ。

 アオはそういう厳しさが嫌いではないので、気を悪くした風もなく。


「それで、あたしになにか用事がありましたか」

「ああ、そうでしたね――学園長先生がお呼びですよ」

「……えっ?」



    ◇



「アカー」

「おかりえなさい、アオ。どうかしました?」


 帰宅して一番、アオは自らの師に呼びかけた。

 リビングのソファに座って紅茶を楽しんでいたアカは顔だけ向けて、横合いのクロは茶菓子をかじっている。

 ちなみにキィは友人と遊んで来るということでまだ帰っていない。そして言うまでもなくシロは上で寝ている。


 アオは廊下から顔だけだして、リビングのアカに声を向ける。


「それが今日、学園長先生に呼び出されてさー」

「え」


 驚いた顔になるのはクロである。

 学園の長に呼び出しというのは不穏なことだろう。どうしてアオが、なにか悪戯でもしたか?

 疑問している少女の隣、アカは特段に思うこともなく紅茶を一口いただいてから。


「私ですか?」

「そー。学園長先生が暇を見て顔を出してくれってさ」

「わかりました。明日にも伺いましょう」

「んじゃ、それだけー」

「ありがとうございます」

「え、え?」


 言い切って去っていくアオ。階段を上る音が聞こえるので本当に言伝だけの用だったらしい。


 混乱するのはクロ。

 用があるのはアカだという。それを当たり前のように話していることから、既に何度かあった出来事なのは想像できる。

 けれど、アオの通う学園の長が、どうしてアカを呼び立てる?


 おずおずと、疑問を言葉にして向ける。


「先生とその、学園長さん? は知り合いなのかしら」

「ええ、古い友人です。だからこそ弟子をお任せできるのですよ?」


 信頼できない場所に大事な弟子は送らない。

 なるほどと納得しつつ、他に疑問が湧いて出る。


「……そういえば今更だけど、先生は自分のことあまり隠してないの?」

「基本的にはアカという名で通していますしこちらから明かすことは少ないですよ。ただ向こうから気づかれたり、必要があれば名乗りはします。

 まあ、すぐに信じてはもらえることはそうないのですが」


 まあ、自分は御伽噺の魔法使いですと名乗る輩が現れたら、一般的に不審者として扱うのが正常だろう。

 隠蔽された尋常ならざる深みを無意識にでも感知できたクロのような存在は例外だ。


「学園長先生は?」

「アドバルド――学園長は知っている側です。むかし世話になりました」

「……」


 思うところがあるも、クロは沈黙を選ぶ。

 それよりも、


「ね、先生お呼ばれしたのよね、学園のひとに」

「ええ、そうですね」

「もしかして、わたしも?」


 浮足立った心地を隠せず、クロは期待を目いっぱいこめて聞き返す。

 苦笑して、アカは頷いた。


「そうですね、明日アオやキィの通う学園に一緒に行きましょうか」

「行くわ!」


 この国の首都。

 魔術師たちの学園。

 アオとキィがいつも話してくれた遠い場所。


 そんなところに行ける。

 クロは高揚した心をなだめることもできないまま、わくわくと目を煌めかせた。


「学園、楽しみね!」


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