8 手紙
「旦那ー、手紙きたぞー」
ある日の昼過ぎ。
昼食として用意された料理に思ったよりも香辛料が効いていて、クロはちょっと食後にぐったりしていた。
自分は辛い料理は苦手らしい。そのことに今日はじめて気づいたクロである。
しっかりそれを料理当番に伝えておこうと心に決めて、テーブルに置いたコップへと手を伸ばすも、既に空。
立ち上がるのも億劫だけど、水は飲みたい。辛さを紛らわせたい。
コップ片手に小さな葛藤をしていると、玄関から声がかかる。
突然の来訪に、クロは疑問符を抱いて首を傾げる。
「? ハズヴェント?」
「そのようです。出てきますね」
アカのほうは別段に驚くでもなく当たり前に立ち上がる。
すこしだけ、彼の気配にぴりぴりとしたものを感じ取ったのはクロの気のせいだろうか。
リビングをでて廊下へ。
それに、なんとなくクロもついていく。
ハズヴェントは玄関先で手を挙げる。
「おお、旦那。それにクロか。はよっす」
「もう昼過ぎですよ。こんにちは、ハズヴェント」
「こんにちは」
「おはようはいつ言ってもいい万能の挨拶なんだぞ?」
わざと言い直しても、ハズヴェントは気にも留めず笑う。
そして懐から一通の封書――手紙を差し出す。
「ほら、旦那、いつもの」
「ありがとうございます」
「んじゃ、茶だけいただいて帰るか」
「お茶は要求するのですね……」
図々しいのか人懐っこいのか。
ともかくわざわざ手紙を運んでくれた友人をさっさと帰すのも確かに気が引けることではある。
ダイニングへ案内し、アカは紅茶を淹れる。
ハズヴェントと自分の分のカップに注ぎテーブルに置く。
ついてきたクロにはアイスティがいいと頼まれたので、なぜか彼女の手にあったコップに注ぎつつ魔術で冷やしてやる。
なにはともあれ、三人は一口頂く。
「うん、美味いな。さすが旦那」
「お褒めにあずかり」
一拍だけおいて、ハズヴェントは顎をしゃくる。
「で、手紙、読まないのか?」
「……あなた、それが気になって上がりましたね?」
「まあな。でも、気になるじゃん。なあクロ」
「あぇ?」
急に振られて、紅茶を呷っていたクロは一瞬コップを取りこぼしそうになる。
なんとか茶が零れることもなくテーブルに置くことに成功し安堵。
「大丈夫ですか?」
「だいじょうぶよ」一気飲みはよくないなと思いつつ「えっと、手紙だったかしら」
「そうそう。旦那は時々、世界中からなんやら手紙をもらうことがあるんだよ。それを、おれが隣の大きめの町から回収してくるわけだ」
「その節はお世話になっております」
ときどきアカの手紙も郵便所に届けてもらうこともあり――最近も一通頼んだ――本当に助かっている。
「なんのなんの」
軽く手を振り、ハズヴェントは話を促すようにクロへ視線を向ける。
「世界中からって、たしか」
「はい。以前にお話しましたね? 呪詛のことや、兄弟子のことに網を張っていると」
「うん、言ってたわね。わたしを見つけたのも、それに引っ掛かったからだって」
「それの一環がこうした手紙です。各地の知人方がなにか情報を得られましたら手紙にしたためて送ってくれるのです」
「へぇ、先生、友達おおいんだ」
この屋敷から出かけることをあまり見ないクロとしては、ちょっと意外。
むしろ逆だと、ハズヴェントは肩を竦めて。
「クロ、お前が来る前まで、旦那はけっこう外出してたんだぜ? アオとキィの奴が学園行ってる間は暇だからな」
残っている弟子が寝坊助じゃあなぁ、とハズヴェントは天井を窺うようにして笑う。
逆にクロは下を向いてしまう。
「……わたし、足手まといになってるのかな」
「あっ、いや、そういう意味で言ったわけじゃないぞ……なあ旦那」
「自分の発言のフォローを投げてこないでくださいますか」
「そういうつもりじゃなかったんだ」
断言しながら気まずげに目を逸らす。
悪気がないのはわかっているが迂闊であったことは否めない。
急いで弁明を。
「いえ、まあ、クロ。あなたのことを足手まといと思ったことはありません。今一番に優先すべきことをおこなっているだけです。それに外出する必要があるのならあなたを連れて行くだけですよ?」
「ん、ごめん。また卑屈になっちゃったわね」
「よし、気を取り直して手紙でも読もうか、旦那」
「…………」
曰く言い難い感情が芽生えるも、アカはため息ひとつで吐き出した。
それからようやく手紙の封蝋を解き、その中にある便箋を手に取る。
「……」
内容を浚うと、ほんのすこし顔色が曇る。
一瞬だけ考えるような素振りをみせたかと思うと、丁寧に手紙を折り畳み再び封筒に戻す。
そして立ち上がった。
「クロ、必要ができました、出かけますよ」
「え、今から? わたしも?」
「はい。言ったでしょう? 外出するならあなたもと。
基本的にはこの屋敷にいれば大丈夫とはいえ、万が一もあるのでできれば傍にいて欲しいのです……なにか用事でもありましたか?」
「ないわ! ついていっていいなら、行きたい!」
「では、そのように。ハズヴェント、聞いていましたね」
「おう、じゃあお暇させてもらおうかね」
ハズヴェントも雰囲気の変質には聡い。
手紙が面白いことなら突っつこうと思っていたが、これはどうも立ち入らないほうがいい面倒ごとのようだ。
帰って寝よう――とはいえ、ちょいと気になる好奇心は止められず、最後にひとつだけ問いを。
「ちなみにどこに行くんで?」
「……秘されし魔術師の隠れ家へ」
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