第13話 再び来訪
それから数日が経った。
小説家殺しの事件の記事を一つ発見した。先生を殺した、浮浪者ふうの男が着ていたと思われる服が発見されたらしい。
巡回中の警官が、汚い路地裏に服が捨てられているのを見つけ、確認してみると犯人が着ていた服と類似していた。署に持ち帰り調べてみると、やはり犯人のものだった。
逃走中、犯人は服を捨てたのだ。巣に帰ったあとでは処分できなかったということだ。リスクをかえりみず、その道中で捨てた。つまり家には家族や使用人がおり、その服装を見られては不味いということだ。
私はコーヒーを飲み終えると、ふところにリボルバーが入っているのを確認し、ソフト帽を被り外に出た。そして辻馬車に乗った。
馬車は高級住宅街に入っていった。昨日と同様、空は蒼天で清潔な街並みにぴったりだった。
夫人の家の前につき、私は馬車を降りた。御者に金を払うと、馬車は動き出した。
向かい側の家の庭では、数人の子供たちが追いかけっこをして遊んでいた。楽しそうな笑い声が聞こえてくる。庭にはおもちゃの剣があった。
石畳を歩き、階段を三段上がると扉をノックした。
私は後ろを向き、子供たちを見た。疲れることを知らず走り回り、輝く笑顔を見せていた。夫人にも先生にも刑事にも私にも、あんな時期があったのだろうかと考えた。
中から足音が聞こえ、私はそちらに向いた。扉が少し開き、そこから執事ではなく夫人が顔を見せた。目は落ちくぼみ、とても顔色は悪い。こんな天気のいい日では特に目立っていた。
夫人は扉を完全に開けると言った。「あなたでしたか。もう一度来ると思っていました」
「と、言われると私も思っていました」私が笑って見せると、夫人も頬を緩めた。疲れた表情には変わりないが。
私は、先日訪れた部屋に通された。テーブルの上には、酒が入っているグラスがあった。淡い金色をしている。陽の光にキラリと輝いていた。その横には、切り分けられたレモンが小皿の上に乗っていた。レモンも陽の光で果汁がつやつやと光っている。
あれは二人の思い出の酒。レモンを搾ったライウイスキー。今となっては情緒もなく、悲しみだけがあった。それが酒の本来あるべき姿なのかも知れない。
「メイドや執事は?」と私は訊いた。
「使用人たちは解雇してしまいました。あの人もいなくなってしまいましたし」
「そうですか」
「お酒は飲みます?」
「いただきます」
夫人はレモンを置いてある小皿を持つと、カウンターテーブルの中に入っていった。私は近づくと、カウンターテーブル越しから眺めた。
ライウイスキーのボトルはぽつんとそこに置かれていた。夫人はボトルを持つと、グラスに注いでいった。そうして夫人は言った。
「あなたは、すべて解ったんですね。事件のことを」グラスからは、コトコトと気持ちの良い音が聞こえている。
「あっていたらですがね」と私は言った。「旦那さんを殺したのは、あなたですね」
グラスに向けている夫人の顔を上目遣いで覗いてみたが、たいして驚いている様子はなかった。まるで世間話をしているかのようだった。
夫人は顔を上げ私を見ると、少し笑った。憂いをおびた笑みだった。あまり見たくない笑みだった。
ボトルを置くと、夫人は切り分けられたレモンを掴み、ライウイスキーに垂らしていった。金色の酒に、ぽたぽたと小さな波紋が広がった。心の声と同じように、音は聞き取れなかった。
グラスを受けとると、私たちはソファに向かった。腰を下ろすと、帽子を脱ぎ、同時にグラスを掲げ乾杯した。そして同時に飲んだ。喉がぴりぴりとし、胃が熱くなっていくのがわかった。
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