11話


メリダとロンドが退出した執務室でシルヴィアは一人ため息をついていた。


実習期間があともう少しで終わってしまうのに未だに2人に返せるものを何も見つけられないでいた。シルヴィアを悩ますのはそれ以外にもあった。それは…盗賊討伐以来、メリダの態度がぎこちなくなってしまったことだ。


「私は…何かしてしまったのでしょうか…」


執務室の窓から夕日に照らされたメリダとロンド、2人の後ろ姿が見える。だが、いつもならロンドをからかいながら笑って帰っていたメリダはそこにいなかった。ロンドは、そんなメリダを心配そうに伺っている。


その2人を見てシルヴィアは胸が痛くなった。


「私が原因ですよね…私が聞いても…」


「シアが聞いても…なんだい?」


「えっ…?」


窓から見える2人に夢中で後ろに誰かがいたなんてシルヴィアは気づいていなかった。その誰かなんて見なくても声でわかる。


だってその声は…


私が避けていた人だから。


「ベル…」


「シア…」


夕日の光にてられたヴェルンは悲しそうな顔をして佇んでいた。彼はシルヴィアに近づいて来て、彼女の手を取った。


「っ!?」


手を握られたシルヴィアはヴェルンから逃れようと手を振り解こうとしたが、手は振り解けない。


(っ!?どうして??)


「シア」


シルヴィアの名前を呼んだヴェルンは彼女の手を引き彼女を自身の腕の中に閉じ込めた。


「…っ!?」


「シア…暴れないで。ごめん…ちょっとこのままでいさせて…」


「べ、ベル?」


「シア…なんで…なんで君がっ!?…シア…」


突然のことについていけないシルヴィアは考えることを辞めた。


今、私を抱きしめる彼は…泣きそうな声で私の名前を呼ぶ。そんな彼の様子を見て私の心もざわめく。彼が落ち着くまでと言ったけど、私も落ち着く必要があるみたい…。


(ベルは温かいなぁ…この音は…ベルの心臓の音かな、、?すごく、落ち着く…)


静かな室内にはお互いの心臓の音しか聞こえない。



……



ヴェルンに抱きしめられてからどのくらいの時間が経ったのだろうか?窓から差し込んでいた茜色の光はいつしか消え、窓の外は暗くなっていた。


ヴェルンの腕の中でシルヴィアはふと思う。なぜ彼が悲しそうな顔をしていたのか…怒っているのか…私を抱きしめているのか…


(わからないわ…彼の心が…)


ただ私に出来るのは、彼が落ち着くまでそばにいること。最初はいきなり抱きしめられて怖かった。でも、彼の懇願するような声とわずか震えている腕に私はそばに居たいと思った。私自身も彼の体温を感じて落ち着きたかった。


(胸が苦しい…)


この感情を…この気持ちをなんて言うのかしら…彼が苦しい顔をすると胸が締め付けられるように痛い。彼が笑うと私も嬉しくなる…


(わからない…でもこの気持ちに気づいたらきっと…)


今の彼との“友人”としての関係が終わってしまう気がする…だから


(この気持ちは忘れる…だけど今だけ、今だけは)


彼を…ベルを近くで感じていたい。


彼の背中に手を添えていたシルヴィアは彼の服を握りしめた。


(ヴェルン様…ベル……)


初めて私の“友達”になってくれた人


初めて私の“外見”を褒めてくれた人


初めて私に“会い”に来てくれた人


初めて私の“手”を繋いでくれた人


初めて私の“約束”を守ってくれた人


(あなたのおかげで私のモノクロの世界が色鮮やかに染ったのです…貴方は私の恩人でもあり大切な人…だから)


私は貴方が守る国の人々を助けたい…例え自分が犠牲になったとしても…あなたと出会えたことが私が生きてきた中で1番の幸福だから…



「シア…」


シルヴィアが胸の内で決意を固めた後、ヴェルンは彼女を腕の中から解放した。そして彼女の頬に手を添えながら言った。


「シア…何故危険なことをしようとするんだい?」


「?」


最初、彼の言っている意味がわからなかった。彼は困ったような苦しそうな表情でシルヴィアに問う。


「行方不明者を探すための囮役だよ…」


「…」


「俺は…俺はシアに危険な目に遭って欲しくないんだ。それなのに…君は……どうして、、」


「ベル?」


「俺は君を…っ、護りたいんだ…誰よりも…なのにっ、、」


「っ!」


ヴェルンはシルヴィアを再び抱きしめた。先程の壊れものを抱くようなものではなく力強く。失うことを恐れるように強く抱き締めた。


「俺は反対だ」


「え、、で、でも!!」


「シアが危険な目にあうのを黙って見てろと言うのかっ!!そんなの…俺には無理だ…」


「べ、ベル?」


「シア…お願いだ…囮役を下りてくれ…君じゃなくても別の人間がすればいいんだ」


「っ!」


シルヴィアはヴェルンの胸を強く押して彼の腕から逃れた。


「ベル…私は絶対に囮役を下りないわっ!!貴方や師団長…みんなになんと言われても!!」


「っ!シアっ!!なんでっ!!」


「触らないでっ!!囮役について反対をするのなら、、出ていって!!」


シルヴィアの拒絶にヴェルンの手は空を切り、行き場の失った彼の手は下ろされた。


「…とりあえず俺は…最後まで反対する…」


「私は反対されてもやるわ…」


「……また来る…」


ヴェルンはシルヴィアに背を向け、一度も振り返ることなく執務室から去った。







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