第4話 タイトル戦

 ついに、クリスマス。

 彼女は、聖叡戦第6局に挑む。


 相手は、豊田政宗聖叡。

 コンピュータ将棋の第一人者として、高勝率を叩きだしているトッププロだ。


 棋風は、AIを使った精密な序盤研究で着実にリードを作り出して、強靭きょうじんな攻めで敵を貫く「好位圧倒こういあっとう」と呼ばれる超攻撃型。


 お互いに得意な角換かくがわり腰掛こしかけ銀となる。角を交換して、一騎打ちの決闘に挑むような攻め合いの将棋になりやすい。


 対局は、開始されてから9時間が経過している。

 お互いの持ち時間は、ほとんどなかった。


「藤本七段、持ち時間を使い切りましたので、この後の指し手は1手1分未満でお願いします」

 記録係の人がそう宣言した。


 もう、彼女はほとんど勘で指さなくてはいけない。

 

「(盤面は、私が有利になっているはず。このまま押し切れば……)」


 だが、相手は現役最強の男。そんな簡単に勝たせてはくれない。

 

 聖叡は、少しだけ考えて、盤上に角を打ち込んだ。

 角のただ捨て。


 しかし、それは怪しい妖刀が繰り出す鬼手だった。


「(どうするの? 私は、どうやって対処すればいい?)」

 不安は少しずつ冷静さを奪う。

 彼女には、他にも日本全国から集められた期待が降りかかっている。その重荷は、まだ16歳の女の子には重すぎる。


「(私のことを、藤本アキラとして扱ってくれる人なんて、家族以外ならひとりしかいないのよね)」

 彼女は、初めて弱気になった。


 ※


「がんばれ、藤本。もう少しだ、もう少しで勝てる」

 男は、自分の部屋で、ネット中継を見ている。


『すさまじい勝負手ですね。これは取るしかないですが、取ってしまうと一気に王手ラッシュになりますね。ひとつでも間違えてしまえば、そこで終わりです。これが詰むか詰まざるか。人間のレベルじゃ、判断できません。たぶん、わかる可能性を持っているのは、今対局しているふたりだけですね』


 解説の先生が、険しい顔をしている。

 アマチュア初段の彼には、さっぱりわからない。


 藤本は、将棋好きのあこがれだった。将棋界の新記録を次々に打ち立てていった物語の主人公。同年代にトッププロを凌ぐ才能を持つ人間がいるんだ。応援しないわけがない。


 そして、今年の4月。

 男は彼女と出会った。


 将棋のトッププロで、高校の先生たちを上回る収入を持つ将棋界の至宝は、天才なのにどこかちょっと抜けていた。


 やっぱりというか、どこかに普通の高校生とは違う彼女は、浮いていた。特別な存在だった。


「(特別だからこそ、俺は彼女を普通に扱おうと思ったんだ)」


 たぶん、それはひとめぼれだった。

 将棋界の歴史を塗り替える存在は、付き合えば付き合うほど、かわいい女の子だった。


「(藤本は将棋ばかりやっていて、少しだけずれているから、周囲は彼女を天才として扱われてしまうんだ。だから、彼女を特別扱いするには、普通の女の子として接しなくちゃいけない)」


 男は、憧れの女のために祈る。


 そして、少しでも彼女に近づきたいと願った。


「俺は、もっと藤本にふさわしい男になってやる!! だから、がんばれ、藤本! 勝ってくれ、頂点てっぺんまで行っちまえ!」


 終局まで、あと30分。

 

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