不条理こそ人生の理

岩佐洋介

11月19日 明日やろうはバカ野郎

僕は、僕の書いた文章で誰かを笑わせることができれば良いと考えています。そんな壮大な夢を持ちながらこの文章を書いていますが、中身は僕が経験したことをしたためただけの、ただの日記だと思ってください。

僕は、皆さんが他人の日記を盗み見る背徳感を感じながらも、それを読まずにはいられないような薄汚い人間性を心のどこかに抱えていることを、心の底から願っています。


【11月19日(木)】

今日、僕は会社を休みました。熱が出たというのが理由です。正直そこまで体調が悪いわけではなかったのですが、熱さえ出てしまえば、こっちのものです。メール1通を送ってサクッと休みました。そこからは、あとはもう何をしてもしなくてもかまいません。ただ時間が過ぎるのを待つだけです。今日は、そのメールを送ってからの記憶がありません。気が付けば時計は17時30分を指しています。


この時の流れというやつは残酷で、いつだってこんな風に僕を置いてけぼりにします。あの子への告白も、友達への謝罪も、いつだってそうです。時の牢獄に囚われて、自分のプライドばかりを守っている間に、現実の世界は進み、取り返しのつかないところまで来てしまうのです。


この日記もそうです。僕は今、時の流れに思いを馳せて、世の理を理解した風な顔をしています。でも本当は、11月1日から始めるつもりでいた日記を書くことさえできない愚か者です。近藤真彦より愚か者かもしれないと密かに感じています。11月1日に日記を書き始める気持ち自体は10月後半に固めていましたし、気持ちの芽は10月頭から芽吹き始めていました。そこから考えると、僕の心は既に1か月以上前から同じ場所を漂い、49日遅れでスタートを切ったことになります。


49日の法要なんて言いますが、もともとは、閻魔大王が亡くなった人の裁きを下すのに必要な日数なんだそうです。僕はたかだか日記を書き始めるのにそれと同じだけの日数を時の牢獄の中で過ごしてしまいました。「明日やろうはバカ野郎」なんて言葉がありますが、僕はこんな腰が重たいバカ野郎な自分を直したい。心の底からそう思います。閻魔大王も同じ気持ちで49日も時間をかけているのだとすれば、ついでに閻魔大王のことも直してやりたい。即日結審できるようにしてやれば、何度も法事を開かなくて済みます。


では、どうしたら僕や閻魔大王は、すぐに作業に取り掛かれるようになるのでしょうか。それは、ひとえに自分のプライド第一主義を捨てることなのだろうと思います。僕の場合は自分の書いた文章を、訳知り顔で知識人風の素人童貞にこき下ろされたら傷つくという思いがあるからです。僕は傷つきたくないし、否定されたくない。自分が一番でいたいし、みんなに優しくしてほしい。こんな気持ちが背景にあります。誰からの文句も許さない、実に傲慢な気持ちです。


閻魔大王も全く同じで、自分の判決を後輩の悪魔たちに陰でコソコソ言われるのが嫌なのだろうと思います。偶発的に文句の一つでも聞いてしまった日には「じゃあお前が判決文書いてみろ」とご乱心になり、地獄の定員オーバーとなるのは火を見るよりも明らかです。こんなやっつけ仕事ではいい判決文は書けません。


このように、自分のプライド第一主義は問題の本質が見えていないという他ありません。僕の場合は、この文章で誰かが笑ってくれれば良いという気持ちが最初だったはずです。閻魔大王だって最初は、より良い裁きをして、人々のより良い来世につなげたいという情熱があったはずです。僕たちはお互いに目先の自分かわいさに目がくらみ、大きな過ちを繰り返してきたのだと思います。


この日記を書き終え、公開するボタンを押す頃にはきっと、僕は変わっている。そんな気がします。

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