つぎ

 わたしが中学に入った年、新田整介が死にました。酔っ払って家の階段から落ちたという話でしたが、誰も信じてはいません。道代おばさんが殺したのだと思います。その証拠に、お葬式では誰も新田整介の顔を見ることができませんでした。損傷がひどいからとかいう理由で、棺の蓋は固く閉ざされていたのです。喪服姿の道代おばさんは、この世のものとは思えない美しさでした。道代おばさんは涙ひとつこぼさず、背筋をピンと伸ばして佇んでいました。土地の男たちが道代おばさんをどんな目で見たのか、誰だってすぐに想像ができると思います。子ども心にもすべてがおぞましくて、わたしはひとりで家に帰りました。新田家からわが家は自転車で15分の距離なのです。

 お葬式の夜、両親が帰宅してからだったのでおそらく零時に近い時間に、道代おばさんが家にやって来ました。喪服の上に派手な柄のジャケットを羽織った道代おばさんは、いつも通りに母を呼びました。母は、たしかもう寝室にいたと思います。それなのに道代おばさんの声が聞こえた途端、パジャマ姿で井戸の前にすっ飛んで行くのです。なんなんだよ、と欠伸を噛み殺しながら呟く父の声を今でも覚えています。わたしは井戸が見える台所の窓を薄く開けて、ふたりの姿をぼんやりと眺めていました。道代おばさんは笑っていました。後ろ姿しか見えませんでしたが、母も、笑っていたと思います。


 わたしが高校に入った年、父が死にました。酔っ払って家の階段から落ちたのです。

 大勢の親戚や知り合いがお葬式の手伝いにやって来ましたが、母が誰よりも頼りにしたのは道代おばさんでした。道代おばさんは土地のお葬式の作法を知らないので、新田整介が亡くなった時と同じようにのらりくらりと仕事をします。叔父も叔母も母の幼馴染の田中さんもそれ以外の知り合いもみんな怒りましたが、母は気にしませんでした。「ねえどうしよう道代ちゃん」「大丈夫よ冬子さん」そんな風にやり取りする母はどこか楽しげで、今行われているのが父のお葬式であるということをわたしは一瞬忘れました。家紋入りの喪服を着た母と黒いワンピース姿の道代おばさんは、本当に幸せそうでした。そこには「山﨑さんの奥さん」も「山﨑夫人」もいませんでした。


 父の棺は、新田整介の時と同様に固く閉ざされていました。


 お葬式が終わっても道代おばさんは家にいました。母とふたりで居間でお酒を飲み、何やら楽しげに言葉を交わしていました。そういえばふたりが井戸の側を離れるのはこれが初めてだな、とわたしは思いました。夏子ちゃんもおいでよ! と道代おばさんに呼ばれましたが、明日も部活があるのでお断りしました。先生は休んでもいいよと言ってくれたのですが、入部したばかりなので頑張りたかったのです。バレーボール部で球拾いをするのは、家で父と母に挟まれている時間よりもずっと幸せでした。でもこれから先はそうでもなくなるのでしょう。父はいなくなりました。

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