向かいのホームで
熊雑草
向かいのホームで
◆
俺は凡人である。
他人が一回で覚えるところを何回か繰り返さないと覚えられない。おかげで通っている男子高校での成績は中の中か中の下ぐらいだ。故に自分には才能がないものだと諦めて、それなりの努力しかしてこなかった。
でも、ここ一ヶ月間、通学で利用する駅のホームのある光景を見続けて考えが変わった。どこの学校に行くかのかは分からないが、反対方向に向かう電車に乗る女子高生が原因だ。
彼女は駅のホームの列で待ちながら、毎日欠かさず勉強をしていた。
見た目で判断するのは失礼だと思うが、落ち着いた立ち姿から勉強ができる人だと勝手に思った。その勉強ができる人が努力をしている姿を見て、成績の低い自分が勉強もしないで成績が低いことを言い訳にしているのが恥ずかしくなった。
初めは『頭がいい奴は日ごろから違うな』と思う程度だったのだが、毎日繰り返し勉強をしている姿を見続けると『努力をしているから結果に結びついているのかもしれない』と思うようになった。
そして、最近は『自分も彼女のように勉強を続けることができるだろうか?』と考えるようになった。
ない頭で考え続けたある日、俺はいつの間にか彼女を尊敬していることに気づいた。彼女のように努力をしてみたいと思っていた。
俺の努力は報われないかもしれない。それでも、やってみようと思った。
彼女が努力を続けている間は、俺も努力をしてみようと。
●
私は凡人である。
他人が一回で覚えるところを三回は繰り返さないと覚えられない。努力はしているつもりだが、通っている女子高校での成績は真ん中ぐらいだ。上位の成績に食い込んだことがない。
自分が要領の悪いことには気づいている。だから、登校での電車通学の時間を勉強に充てていたのだが、最近は段々無駄なのではないかと思うようになっていた。
そんな時だった。向かいのホームで、私と同じように勉強をしている男子高生を見掛けたのは。
彼が真剣に勉強をしているのが、遠目にも分かった。体の大きい彼は、勉強をするよりもスポーツをしている人なのだろうと思った。
見た目で判断するのは失礼だと思ったが、文武両立をしている凄い人なのだと勝手に思った。勉強しかしていないのに成績が伸び悩んでいる私と違い、きっと、彼はスポーツと勉強の両方を頑張っているのだろう。
私の努力は、きっと、彼の足元にも及んでいない。それなのに成績が伸び悩んでいるからと、無駄と決めつけてしまった自分が段々と恥ずかしくなってきた。
初めは『私以外にも通学で勉強をしている人がいたんだ』と思う程度だった。だけど、毎日繰り返し勉強をしている姿を見続けると『まだ無駄だと決めつけるのは早いのかもしれない』と思うようになった。
そして、最近は『私も彼のように努力を続けることができるだろうか?』と考えるようになった。
自信を失いかけていたが、いつの間にか、私は彼の姿が羨ましいと思っていることに気づいた。思い悩むよりも、彼のようにひた向きでありたいと思っていたのである。
私の努力は報われないかもしれない。それでも、まだ続けてみようと思った。
彼が努力を続けている間は、私も努力をしてみようと。
◆
俺が通学中の勉強を始めて、一ヶ月。
二学期の中間テストの成績は期待できるのではないか、と密かに結果発表が待ち遠しかった。
しかし、現実は残酷なもので、俺の成績順位が劇的に上がることはなかった。簡単に言えば、あまり変わりはなかった。
それは何故なのか?
自分なりに考えてみた。
まず点数が上がった原因はケアレスミスが減ったことだ。通学時の勉強の繰り返しにより基本問題が早く解けるようになって見直しが出来たり、繰り返しによる慣れがミスを減らしたからだった。
では、他の理由で点数の上がらなかった原因は何かを考えた時、文章問題の読解が不十分であるためだと分かった。どうも俺は文系の方が悪いせいで、理系の文章問題での読解で時間を使いすぎ、あげく公式に代入する値を焦って間違う傾向があった。
このままでは全体的な点数が上がることはないだろう。
期末試験は文系の文章問題を積極的に勉強しよう。
●
私が通学中の勉強を改めてやり始めて、一ヶ月。
二学期の中間テストの結果が出た。
その結果に思わず溜め息が出る。私の成績は、あまり変わっていなかった。
でも、繰り返しによる回答に辿り着くまでの工程が最適化されていることに気づいた。元々理系の公式を使った問題は苦手だと分かっていたが、今回、いつもより早く問題を解き終えることができて成績が上がったのだ。ほんの少しだが。
でも、ちょっとではあるが、成績は上がったのだ。自分は成長したのだ。要領が悪くても繰り返すことで、結果が出ることは自分自身で証明された。
日々の積み重ねは無駄じゃなかった。
苦手を苦手のままにしないで、分かるまで何度でもやり直してみよう。
◆
それからも、俺は電車が着くまで勉強を続ける彼女を見続けていた。きっと、相手の女子高生は俺のことなど気にも留めていないだろう。
名前も分からない。毎朝見掛けるだけの存在が、いつしか同じ目的を持っている同士のように錯覚していく。変わらない彼女の勉強をする姿があるから、決して楽しいと思えるものではない勉強を続ける理由になり、努力を続けるエネルギーが沸き上がる。
二学期の期末試験、三学期の中間試験、三学期の期末試験と続けた努力に、俺の成績は確実に中の上を超えた。
そして、結果が出て心に余裕が生まれて気づく。
彼女は高校何年生なのだろうか?
今年卒業なら、もう、会えなくなってしまうのか?
●
変わらず、私は向かいのホームで電車が着くまで勉強を続ける彼を見続けていた。きっと、彼は私のことなど気が付いていないだろう。
名前も分からない彼が、どれだけ私を勇気づけてくれていたか、それも彼は知らない。揺るがない姿があるから、逃げ出しそうになった勉強を続けることができた。
理系の公式に対する苦手意識は、いまだに克服できていない。だけど、二学期の期末試験、三学期の中間試験、三学期の期末試験と続けた努力に結果は応えてくれた。私の成績は初めて上位に食い込んのだ。ほとんど末尾だったが。
そして、結果が出てから気づいた。
今、彼は高校何年生なのだろう?
今年卒業なら、もう、会えなくなってしまうのではないだろうか?
◆
三学期の期末試験が終われば、終業式まで二週間だ。そうなれば、名も知らない恩人であり同士である彼女とは会えなくなるかもしれない。いや、卒業式を考えるなら、明日か明後日には会うことも出来なくなるかもしれない。
このまま何の挨拶もなしに別れを受け入れていいのだろうか?
しかし、いきなり見ず知らずの俺が声を掛けたりしたら怪しまれるのではないだろうか?
……ちょっと待て。
何で、俺は彼女のことをこんなにも気にかけている?
俺は、どうすればいい?
●
卒業を機に会えなくなってしまうと気付いてから、インターネットで高校生の行事を調べて次のことが分かった。三学期の期末試験が終われば、終業式まで二週間だが、卒業式は期末試験の翌日か翌々日がここら辺の地域の一般らしい。
つまり、明日か明後日には会えなくなってしまうということだ。
私は彼に会って自分が変われたと思う。
一方的にだが、感謝をしている。
この気持ちをどうしても伝えたいと思っている。
ふと、私は思う。
どうして名前も知らない彼のことをこんなにも考えてしまうのだろう?
★
次の日……。
ホームの列に並び教科書を開く女子高生を見て、彼は走り出した。
ホームの列に並び教科書を開く男子高生を見て、彼女は走り出した。
乗り換え用の階段を駆け上がり、彼らが出会うまで、あと5分……。
向かいのホームで 熊雑草 @bear_weeds
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます