エングリーブ
星山藍華
第1話
エルフと呼ばれる種族が築き、現在もなお文化が生きる街【オリガ・クア】。閑静とした区画に佇む修理屋【パルティクラ】を切り盛りするニービスは、今日も作業台に向かって修理に熱中していた。弟子のオルヒデアはニービスの散らかした本を元に戻し、修復技能の特訓に励む。エルフは人間のように工具を使ったり、補強したりするわけではない。エルフにしか存在しない脈読虹彩という眼球の機能で万物に流れる脈を読み取り、破損したり欠落したりしている部分を見つけ出し、欠脈修復機という特殊な道具を使って修復する。エルフが作った道具であれば大抵のものは直せる優れものだ。また脈読虹彩で読み取った脈を、解読→分解→再構築することによって発動する術を『想起術』と定義している。欠脈修復機も想起術を応用した道具である。
「師匠、この振り子時計の歯車が欠損してます」
「脈がどの歯車だったか記憶しているはずだ。修復機を当てて読み取らせてみろ。すぐに直るぞ」
オルヒデアは言われた通りに修復機を持ち出し、その歯車があったであろう場所の真上に固定した。すると脈がキラキラと輝き出し、欠損していたはずの歯車が蘇った。
「すごい! さすがですね」
「私の発明品だからな。だが脈の記憶が無くなってしまえば、本当に私たちの記憶に頼るしか無くなるがな」
「万能ではないんですね」
「この世に万能なものが存在するなら、見てみたいものだよ」
ニービスは元々、工学技術の研究職を目指していた。しかし実際の工学技術とは人間との抗争に対する武器の開発がほとんどだった。だからニービスは研究を捨て、閑静なこの場所に修理屋を営むことにした。
ニービスが今修理しているのは、ある人が育てていた水の箱庭。正方形四〇センチ程、高さ七センチの透明な箱に、貝殻を粉砕機で細かくしたかのように作られた砂が敷き詰められていた。しかし何かが変だと思わせた。緩やかな斜面はそこに水が張られていたかのようだったからだ。
「師匠。この箱庭、水は入れないんですか?」
気付きの良いオルヒデアはニービスに問う。ようやく修理が終わったようで、大きな溜め息を一つ吐いてから答えた。
「この箱庭はな、私の大事な人から依頼されているもので、返す時にマトゥラック海と、東にあるサングイ・フラトゥリス海を入れてほしいと言われている。だから三日後にはここを立って、持ち主のところまで届けて来る」
「ちょ、ちょっと待ってください! お店はどうするんですか?! 僕は留守番なんて……」
急な話にオルヒデアは焦る。まだ修復技術も乏しく、一人で店を切り盛りできるとは到底思えない。ニービスは床に顔を向けているオルヒデアの肩にぽん、と手を置いた。
「心配するな。お前も一緒についてきてほしい。なに、少しばかりの世間勉強だと思えばいい。その間は店は空けることになるが、修理屋は何も私だけが営んでいるわけではない」
「師匠――」
安堵して気が緩んだのか、オルヒデアの目には涙が溜まっていた。
「本当に泣き虫な弟子だな。明日から旅支度をするから、いつもより念入りに掃除を頼むよ」
「分かりました」
そう言って、ニービスは気晴らしに外の空気を吸いに、店を後にした。
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