第36話 僕の家族

「おかえり、瑞樹ときちんと話はできた?」

「う、うん? 仲直りとはいかなかったけど、僕の気持ちは伝えられたかな。その事も含めて、奈菜に話を聞いて欲しいんだけど」


 僕と奈菜はリビングに戻り、話をすることになったのだが

「なんで隣に座るの? 話しにくいから正面に座ってよ」

「こっちの方がいい。いい子に待ってたんだから、これくらい許してよ」

 そういって、僕の膝に頭を乗せてくる。

 結構大事な話をするんだけどな。仕方がない。


 僕は生い立ちから先程の瑞樹との話しまでを奈菜に伝えた。瑞樹にだけは聞かれたくなかった事が知られてしまったので、もう別に隠しておく必要がなくなったので全て話した。奈菜だったら他で話したりしない筈だ。

「そう、優弥と瑞樹は兄妹だったんだ。ちょっと羨ましいな」

 奈菜には家族と呼べる人がいないからなのか、少し寂しそうだ。

「それと瑞樹の親父はとんだクソ野郎だね」

 僕の膝に頭を載せた奈菜が毒づく。

「えっ、どうして?」

「だって、優弥と瑞樹が同級生なんだよ。分かるでしょ」

 あっ、そういう事か。気づかなかったよ。二人の女性と同時期に関係をもっていたってことか。僕は翔陽さんには会ったこともないから、特に思う所はないんだけど、瑞樹はショックだったろうな。やっぱり聞かせたくは無かったな。

 そもそもあんな所に隠し部屋なんてあると思わないから。


「まあ、僕の方はこれくらいにして、奈菜に聞きたい事があるんだ」

 無意識に奈菜の頭を撫でていた。

「流華って子のこと聞かせてよ。彼女のお兄さんと何かあったんでしょ」

「う、うん。面白い話じゃないよ――いいの?」

 そんな事は分かっている。奈菜の様子がおかしくなったのは彼女が現れてからだ。プライベイトな事だけど、奈菜に関することは何でも知りたい。それが僕にとって面白くない話であっても。

「すごく単純な話なの。私、彼女のお兄さんと付き合ってたんだけど、捨てられた。ただそれだけ」

 別れたじゃなくて、捨てられたという所が奈菜にトラウマとして残っているのかもしれない。あの時も僕に捨てられるって叫んでたからきっとそうなのだろう。

 奈菜は誰かに必要とされていないと自分を保てないのではないだろうか。

「優弥は知らないかもしれないけど、あの事故って結構大きく取りあげられて、全国ニュースにもなったんだ」

 奈菜はそのニュースから奈菜の父親が起こした事故だという事を学校の皆に知られてしまったらしい。それから徐々に友人が奈菜のもとを去っていき、流華って子のお兄さんにも犯罪者の娘とは付き合えないと言われ、捨てられてしまったらしい。流華って子の話だと後悔しているとか言っていたけど、今さら何を言っているのだろうか。一番辛い時に支えてあげられない男が何を後悔すると言うのか。

 その後は、何もする気が起きなくて、叔母さんの家を飛び出して、ネット喫茶を転々とする日々だったそうだ。

 そして、流華って子が目の前現れた事で、昔の事を思い出し、塞ぎ込んでいた所に僕が自分で料理を作ってしまった事で、今まで僕の世話をすることで何とか自分を保っていた奈菜は僕にも必要とされなくなると思ったそうだ。そして飛び出してしまったらしい。

 本当に短絡的な子だ。僕には奈菜が必要だというのに。でも、僕も僕の気持ちをきtんと奈菜に伝えていないので、奈菜だけが悪いわけではない。僕も悪い。

 チャンさんの言うとおり、やはり気持ちというのはきちんと伝えないと伝わらないのだ。

「奈菜、聞いて欲しい事があるんだ」

「ん、なあに」

 僕の膝に寝転んでいる奈菜を起こして座らせる。

「奈菜、僕には君が必要だ。ずっと僕を支えてくれないか」

「そんなの当たり前でしょ。私のせいでさらに怪我をしたんだから、しっかりお世話するわよ」

 うーん。やっぱり恥ずかしいけど、はっきり言わないといけない。

「そうじゃなくて、僕の家族になってくれないか。結婚して欲しい」

「……」

 奈菜がフリーズしてしまった。

「奈菜の事が好きなんだ。僕と家族になってください」


「私、犯罪者の娘だよ」

「それは僕が示談したんだから、違うよ」

「私のせいで怪我したんだよ」

「奈菜の為なら何でもないね」

「私、すぐ手が出るし」

「そ、それは控えて欲しいけど、もう慣れたよ」

「私、嫉妬深いんだよ」

「僕はモテないから大丈夫だよ」

「でも……」

「奈菜がいいんだ。僕には奈菜が必要なんだよ。奈菜がいないと僕の世界は何もない、灰色の世界になってしまう」

 今の僕を作ったのは間違いなく奈菜だ。奈菜がいなければ、僕は只の陰キャ男子として、成人して、就職して、社畜として働いて、一人で死んでいっただろう。

 今の楽しい毎日があるのは奈菜のお蔭なんだよ。


「私でいいの?」

「奈菜じゃないと駄目なんだ」

「私も優弥が好き。優弥の全てが欲しい」

「あげるよ。僕は奈菜なしじゃ何も出来ないからね。僕のすべては奈菜のものだよ。大した価値は無いと思うけど、貰ってくれないかな」

「貰うよぉ。価値あるよぉ。私だって優弥が、家族が欲しいよ。一人はもうやだよ」

 奈菜は限界だったのか、号泣しはじめてしまった。ずっと我慢していたのだろう。僕へ抱きついてきて僕の服にシミをつくる。

「ずっと、瑞樹が羨ましかった。優弥の隣にいれるあの子が。でも私は優弥のサポート係りでしかないと思ってたから、我慢してた、でもずっと優弥の隣で歩きたかった」

「ずっと、隣を歩いてよ。僕の右手は余り良くないからさ、奈菜がずっと手を握ってて欲しいな」

「いいよ。ずっと握ってる。放してあげないんだから」


 そして、僕たち二人の気持ちは通じ合い、そのまま大人への階段を――とはならなかった。

「あのー、お二人さん、先程から僕の目の前でイチャイチャするの止めて欲しいんだけど……」

 そこには、非常に苛立っいる康介さんが立っていた。

「こ、こ、こう、康介さん、どうしてここに」

「何回も、何回も、何回もチャイム押したんですけど。それでも出てこないから心配してスペアキーで入ってみたら、僕のとの約束をやぶってイチャコラしてるんだから、いくら僕でも怒るよね。怒ってもいいよね」

 チャイムの音なんて聞こえた? おかしいな難聴になる様な歳じゃないんだけど。


「二人共、正座!」

「「はいっ」」


 その後、みっちりと康介さんからお叱りをうける事になった。

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