第34話 僕の反省

「瑞樹が叫んでたけど、どうしたの?」

 奈菜が心配そうな様子で脱衣所へやって来た。

「怒らせてしまった」

「あの子怒りっぽいからね」

「違うんだ。今回は全面的に僕が悪い。僕が相手の気持ちが分からない人でなしだから……」

 僕は小さな頃から他人と深く関わって来なかった。だから他人の気持ちが分からない。何を考えているのか、どうして欲しいのか。全て自分基準で考えてしまう。自分だったらこう考えるから、きっと皆もそう思っていると考えてしまう。

 僕は、僕の事なんて好きになる人はいないとずっと思っていた。今日までそう思っていた。でも違った。こんな僕を瑞樹は好きでいてくれた。僕は本当にどうしようも無い奴だ。

 どうして僕はこうなんだ。大切なものはいつも無くしてから気がつくんだ。だから大切なものは作らないようにしていたのに、いつの間にか大切なものばかりになってしまった。

「優弥は人でなしなんかじゃないわ。だって私を救ってくれたもの。貴方は優しい人だよ。ただ、ちょっと鈍感なだけ」

 奈菜が背中越しに僕を抱きしめてくれる。目頭が熱くなる。ここにも僕を肯定してくれる人がいる。

「怒らせたのなら、謝りに行かないとね。ほら、早く行きなさい」

「でも、会ってくれないかも」

「でももへちまも無い! 会ってくれるまで帰ってこないのよ」

 そう言って、僕を玄関から叩き出した。

「頑張りなさい。優弥なら仲直りできるわ」

「うん。帰ったら話をしたいんだけど、時間をくれる?」

「うん。ずっと起きて待ってるから。さあ、早く瑞樹の所に……」


 家の玄関を出て隣の瑞樹の家に向かう。たった数十メートルがこんなに長く感じたのは初めてだ。気が重い。

 意を決して、瑞樹の家のチャイムを押す。瑞樹は出てこなかったが、チャンさんが出てきてくれた。

「チャンさん、瑞樹に会わせてください」

「お嬢様はお会いしたくないと仰せです」

「会って謝らないといけないんです」

「明日にされてはいかがでしょうか。本日はもう遅い」

「明日じゃ駄目なんです。今きちんと謝っておかないと駄目なんです。お願いします」

 瑞樹の家の玄関前で膝をつき、土下座で頼み込む。

「南雲様、その様な事をされては困ります」

 家の前で土下座をされれば、それは困るだろう。しかし、僕も退けないのだ。瑞樹に謝って許して貰うまでは絶対帰らない。

「南雲様、お止めください。まずは何があったのかお話をお聞かせください」

 なんでも、瑞樹は帰ってくるなり、部屋に閉じ籠って、出て来なくなったらしく、チャンさんは事情を把握していなかった。

 瑞樹の家の中でまずはチャンさんに説明することになり、中に通される。


 山田さんの家って絶対こんなんじゃ無かったぞ。何度か玄関の中に入ったことがあるけど、靴箱があったりして普通の玄関だった筈だ。しかし、いまではホテルの廊下の様に床には大理石が敷き詰められ、壁はおしゃれに装飾されている。それに、こんな螺旋階段絶対に無かった。外見は全く変わっていないのに内装はもはや別の家になっている。

 そして、リビングであっただろう場所に案内され、無茶苦茶高級そうなソファへ腰掛ける。と、すかさずメイドさんがコーヒーと茶菓子を出してくれた。もはや深夜になりそうな時間なのに、サービスが凄い。

 僕はことの経緯と僕の気持ちをきちんとチャンさんに説明した。

「そうでございましたか、お嬢様のお気持ちは伝わっておりませんでしたか」

「申し訳ございません。僕がどうしようもなく鈍感だったんです」

「いえ、好きなら好きだときちんと伝えなかったお嬢様も悪いのです。人間誰しも他人の事なんて100%理解する事はできないのです。南雲様も自分の気持ちをきちんと言葉にされた方がよろしいと思います。でなければ私の様に何十年も後悔して過ごすことになりますよ」

 そこからチャンさんの学生時代の話が始まり、かれこれ1時間以上話が続いている。当時好きだった女性が別の男に取られた話だったり、逆に寝取った話だったり、最初は僕の為に話してくれているのだと思って真剣に聞いていたのだが、どうも聞いていると自分が如何にモテたのかということを自慢しているように聞こえてきた。メイドさんは立ったまま寝ている。既に聞き飽きているという感じだ。僕もいい加減、瑞樹と話をしたい。

「チャンさん、お話は分かりました。分かりましたので、瑞樹と話をさせて頂けませんでしょうか」

「おっと、そうでした。お嬢様とお話をしに来られたんでしたね。お嬢様ならほらそこで立ち聞きされてますよ。お嬢様、そろそろ出て来られては如何ですか」

 チャンさんが手に持ったリモコンを操作すると、「がたん」と音を立てて、食器棚が横にスライドし始め、瑞樹がそこに立っていた。

「隠し部屋!」

 金持ちのすることは分からん。ここまでする必要があるのか。


「何の御用ですか、南雲さん」

 今までの瑞樹とは対象的な、冷たく拒絶するような瑞樹の声が部屋に響いた。

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