第33話 僕の失敗

 それから数分ほど悶えた後、忘れてしまう事にした僕は平静を装って、奈菜に聞いた。

「瑞樹はどうしたの?」

「えっと……うーん。あのね」

 どうしたのだろうか。そんなに言い辛いことがあったのだろうか。

「えっと、鼻血だして倒れたから部屋で寝かしてるの」

「えっと、鼻血?」

「うん。優弥のアレを見て、ぶわって……」

 そして、奈菜は思い出したのだろう、真っ赤になっている。僕もせっかく忘れた事にしたのに、再び死にたくなってきた。

「「……」」


「優弥、はいお水」

 奈菜が水の入ったコップを渡してくれた。きちんと常温のお水で助かる。こういう時に冷たい水を飲むのはよくない。

 ゆっくりと水を口に含み飲み干す。

「ごめんね」

 奈菜が謝ってきた。恐らくお風呂に急に入って来た事についてだろう。

「どうしてあんな事をしたの?」

「優弥のお世話がしたくて……」

 前も僕の面倒をある程度は見てくれていたが、一線はきちんと引いていた筈だ。急に僕に依存する様になったのには、やはりあの件が関係しているのだろう。

 これまで奈菜と二人になることが無かったから聞かなかったが、やはりきちんと聞いておいた方が良さそうだ。


「奈菜、聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

「うん。いいよ。でもその前に服着ない?」

 あっ。僕は裸で、奈菜は水着のままだった。

「そ、そうだね。ごめん、気が利かなくて」

「私、部屋で着替えて、瑞樹の様子もちょっと見てくるわね」

 そういって、用意していた替えの下着などを持って部屋に戻っていった。


 一人になって、ようやく一息つけたのと共にもう一度、羞恥の気持ちが湧きあがってきた。骨折して無かったら、転げまわって身悶えたことだろう。何とか踏み留まった。

 落ち着け。落ち着くんだ僕。取りあえず服を着よう。

 奈菜の準備してくれた服は便利だった。一人でも簡単に着替える事ができた。これが普通の下着だったら、頭からかぶらないと着れないので、着替がえることができなかっただろう。奈菜に感謝だね。 

 あれ、これは瑞樹の着替えじゃないのか。ここにあったら困るだろう。持っていってあげないと。

 そう思って着替えを手にしたところで、洗面所の扉が開いた。

「優弥! 大丈夫なの!」

「うわっ」

 飛び込んできた瑞樹の迫力に吃驚してしまった。心臓が止まるかと思ったよ。

「優弥、それ……」

 ん、何?

「それ、私の下着。欲しいんだったら言ってくれればいいのに。何だったら使用済みの方をあげましょうか」

 うわっ。手に持っていた下着を投げ捨てる。飛び込んできた瑞樹に驚いた拍子にたまたま手に取ってしまっただけだ。別に欲しかった訳じゃ無い。

「何で投げ捨てるのよ。それは酷くないかな? いくら私でも傷付くんだけど……。うっ、うっ」

 どうしよう、瑞樹が泣き出してしまった。

「ご、ごごご、ごめんって、別にいらないから投げたんじゃなくて、吃驚して投げちゃっただけなんだって、ごめん」

「なーんてね、嘘だよ。その下着は優弥にあげーる、夜のお供に使ってくださいな」

「……」

 瑞樹ってこんな子だったっけ? もっと凛とした感じのイメージだったんだけど……。こっちの方が親しみ易いんだけど、お嬢様がこんなんでいいのかな。

「うん、元気そうだね。急にぐったりしてたから吃驚したんだよ!」

「ご迷惑をおかけいたしました。でも、原因を作ったのは瑞樹だからね」

「えー、みずき分かんなーい。でも、私のせいだと言うのならお詫びをしないといけないわね」

 にやっと不気味な笑みを浮かべる。不味いぞ、押してはいけないスイッチを押してしまったみたいだ。

「優弥の裸を隅々まで見ちゃったから、私も見せないと不平等よね、えーい」

 そういって、着ていた水着をポーンと脱ぎ捨ててしまった。

 僕はすかさず目をギュッと瞑った。

「どう、おっぱいは奈菜には負けるけど、プロポーションにはなかなか自身があるんだよ――って、何で目瞑ってるの。ちゃんと見てよ」

 何も聞こえんぞ。僕は絶対に目を開けない。

「だったらこうしちゃうもんね」

 僕の手をとり、もにゅん。柔らかい――って。瑞樹の手を振りほどく。

「何させるんだよ」

「どうだった? 良かったでしょ」

「瑞樹、冗談でも止めてくれないか」

「ご、ごめんなさい」

 僕が静かに拒絶の意志を示すと瑞樹は悪ふざけが過ぎたと反省したのか謝ってくれた。

「服着たからもう目を開けて大丈夫だよ」

 本当に着てるんだろうね。実はまだ裸でしたとかだったら本気で怒らないといけない。

 そおっと目を開けてみると、きちんと服を着てくれていた。

「ごめんなさい。優弥。悪ふざけが過ぎたわ。でも奈菜とばっかり仲良くしてるから……。優弥の彼女は私なんだよ」

「それなんだけど、いつまで彼氏の振りをすればいいのかな。僕もこんな手になっちゃったからさ、満足に瑞樹を守れないと思うんだけど……」

 僕がそろそろ偽彼氏を引退したい旨を伝えると、瑞樹の瞳から大粒の涙が流れ落ちた。

 パチン。

 瑞樹に頬を張られた。

「優弥はふりだと思って付き合ってたんだ。私は、私は本気だった。本気で好きだった。もう嫌いよ。優弥なんて奈菜とよろしくやってれば良いのよ」

 涙を流しながら、それだけ叫んで飛び出して行ってしまった。


「明らかな好意を向けられているのに気付かない男は駄目男だよ。しっかりしなよ」

 宮家先生から告げられた言葉が脳裏によぎった。僕はどうしようもないバカな男だったみたいだ。


 瑞樹の好意は本物だった。僕はその事に全く気がついていなかった。

 瑞樹に張られた頬は大した威力では無かったのに、僕の心臓をどうしようも無いほど抉っていた。

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