第21話 僕の部室問題

 瑞樹が隣に越して来てから、朝と登校は3人で一緒に行くようになった。二人とも速度の遅い僕に合せてくれるので、なんだか申し訳なく感じるが、それを誤るよりも、もっと早く歩けるように、引き続きリハビリを頑張る所存だ。


「あっ、沢村先輩。朝からご苦労様です」

 木陰から瑞樹を見守る沢村先輩に挨拶する。先輩受験生なのに大丈夫なのかな。共通一次もうすぐでしょ。

「うむ。南雲少年、良い朝だな。今日も瑞樹さまはお美しい」

「あら、ありがとうございます。ほら、優弥。遅刻するから行きますよ」

「そうでは先輩、失礼します」

「うむ、背後の警戒は我らに任せたまえ」

 通学路にどんな危険が潜んでいるんだ。なんであの事故の日は助けてくれなかったのだろうか? あっ、もしかしてアレがあったから警戒しているのか!

 毎朝ありがとうございます。


「ねえねえ。優弥。会長が部室を与えてやったって言ってたんだけど、どんな部屋だったの?」

 あ、そうだった。その問題を週末のドタバタで忘れてた。掃除しなきゃいけないな。

「ちょっと、瑞樹も会長に言っといてよ。酷いもんよあれは」

 一緒に食事を取るようになったからか、奈菜と瑞樹もお互いを名前で呼び合うようになった。一応瑞樹は一つ上の学年なのだが、歳は一緒だからそれが普通だろう。僕からすると女性を名前で呼ぶのは未だに抵抗があるのだが、命令されているので仕方が無いのである。

「酷いってどんな感じに?」

「どんなって、あれはもうゴミ屋敷?」

「そうだね、まさにゴミ置き場みたいになってたよ」

 触るのも謀られる物までいくつか落ちてたし、女性には見せられない本とかもあったし。分別用のごみ袋を大量に準備しないと。

「優弥、私は誰」

 トチ狂ったのだろうか。瑞樹は瑞樹でしょ。

「誰って瑞樹でしょ」

「そう、私は水瀬瑞樹である。その問題、放課後までに何とかしてみせましょう」

 瑞樹がやる気になっているけど、それが逆に怖いんだけど……。


 そして放課後、僕たちは部室の前で呆然としていた。瑞樹、君は何をしたの?

 えっと、この扉って生徒会室の所にあった扉だよね。扉のサイズが全然違うのにどうやって取り付けたの。工事必要だよね。

 瑞樹をみるとドヤッて顔をして、腰に手を当て、ない胸を張っている。

 僕がドアを指すと、瑞樹が言った。

「ちょっとドアがみすぼらしかったので、生徒会のドアと取替えさせたわ。あっ、心配しないでね。きちんと校長の許可は取ってますので。さあ、皆さん。早く入ってください」

 どうしよう。このドアを開けるのがどうしようもなく怖いんだけど。

「奈菜、開けてくれない?」

 こういった事は奈菜に頼るのが一番だ。行動力の鬼だからね。

「もう、これくらいさっさと開けなさいよ。鬼や蛇が出てくる訳じゃないんだから」

 そう言って、奈菜は重厚な部室のドアを開けてくれた。そして部室の中は案の定、魔改造が施されていた。

「瑞樹、やり過ぎだよ。いくらかかったんだよ」

「きちんと学校にあった備品を使っただけよ」

 ニコッと笑っているんだけど、これ全部学校にあった備品なの?

「ソファ、ラグと100インチテレビは校長室から拝借しました。もちろん許可は貰ってます」

「じゃあ、この本棚は?」

「お隣にいた文芸部から」

 あれ、今おかしな表現しなかった?

「ねえ、文芸部どうしたの?」

「お部屋が少し狭かったので、ご退去いただきました。強制なんてしてないわよ。私がお願いしたら二つ返事で退去してくれたわ。きちんともう少し広い部屋を準備してあげたので、問題ないわ」

 本当に学校にあった物だけでこの豪邸のリビングみたいな内装を準備した様だ。しかし、これは流石に学校にあった物じゃないだろ。

「この暖炉は何?」

「お部屋が寒かったので。きちんと排煙の工事はすませているので安心してね。一酸化炭素中毒になったら大変だもんね」

 違うよ。心配してる点が違うよ。

「これは、どこから持って来たの?」

「焼却炉だったものよ。今は使って無かったから使わせて貰ったの」

 なんでも、昔はゴミは学校で燃やしていたが、今は問題になるらしく、ゴミは回収して貰っているそうで、焼却炉は本当に使っていなかったらしい。

 だからといって、焼却炉を暖炉に改造するかな。瑞樹はリフォームの匠でも目指してるの。何という事でしょう。あの苔むしていた焼却炉がリフォームの匠の手によって寒い生徒を癒す極上の暖炉へと変貌を遂げました――何てことにはならないからね。

「瑞樹、やりすぎだって」

「あら、これでも手を抜いたのよ。本気でやりましょうか」

「いやいやいや。もう結構です。これ以上、手を出さないで」


「優弥、このソファ最高よ。ほらこんなにフカフカ」

 奈菜がソファのクッションで跳ねている。

「南雲さん、そのラグも何の毛か知らないけどフワフワですよ」

 三宅君なんて靴を脱いでラグで横になっている。

 皆、虜になっている。駄目だ、後の便りは有栖川さんだけ――ってえーーー。

 有栖川さんを見ると、涎を垂らして「でゅふふふ」って言いながら、三宅君の方を見て、女子がしてはいけない顔をしていた。一体誰との絡みを想像していたのか。僕でない事を祈るのみである。


「まあ、いろいろと改造しちゃったけど、どこからも文句は出ない様にしてるからさ。優弥が少しでも快適に部活出来るようにしたかったのよ」

 僕の為だったの。ありがとう瑞樹。でも僕なんかの為にどうして。僕はお飾りの彼氏なのに。

 あれかな、少しでも私に釣りあう生活をしなさいってことなのかな。なら、この好意はありがたく受け取っておかないとね。

「ありがとう、瑞樹。大切に使わせて貰うよ」

「べ、別にこれくらい大したことじゃないわよ。瑞樹様を舐めないでよね(だって、奈菜には負けてられないんだから)」

「うん。流石瑞樹様だね」


 有難いことに瑞樹のお蔭で掃除も不要になった上に、最上級の部室が手に入ってしまった。これで後の問題は文化祭で発表する小説の事だけだな。まあ、それは大分先の話だし、その前に新入生に部活紹介もしないといけないし、する事が沢山ありそうだ。


「ああ、そうそう。部室の鍵をお渡ししておきますね」

 そうだね。それを預かっておかないと、帰れないしね。

「ねえ、何でこんなに鍵があるの?」

 瑞樹から渡されたのは、アニメの牢獄で出てくるような鍵の束だった。

「何って、個室の鍵もつけてますので」

「個室って言ったの。個室って何?」

「優弥達って小説を執筆しないといけないんでしょ。だったら執筆する場所、書斎が必要でしょ。このフロア全てをライトノベル部の部室にしといたからね」

 最後の最後で追加で爆弾を投下され、茫然自失となった僕たちは、鍵を素直に受け取ったのだった。

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