第25話 トーマスの逆鱗

「なあリズよ、ルイーネの街中が危険じゃないことを、このひと月で分かったろ? それに俺だってCランク冒険者なんだ、リズに守ってもらわなくても大丈夫だから」


 邸を出て、まるでそれが当然かのように俺の右側に並んで歩くリズに対し、俺は拗ねた子供のような口ぶりで不満を漏らす。

 しかしリズは、俺の言葉になんの答えも返さず、ただ笑みを浮かべている。

 その様は、幼い頃に俺を連れて買い物に出かけたときのおふくろのようだった。


 今のリズは、おふくろの遺品であったフード付きのマントを模した僅かに青みがかった白銀のマントを纏い、リズの特徴である新雪のような白い髪がフードで隠れている。

 深く被ったフードの奥をよく見ると、おふくろに似た紅い瞳が楽しそうにきらめいており、その雰囲気は、あの頃のおふくろとよく似ていた。


 似てるのは瞳の色だけで、顔つきや身長も違うし、それこそ髪の色なんて黒と白で間逆なのに、似たマントを羽織ってフードで頭を覆っただけで、こんなにも雰囲気って似るもんなのか?

 まあ今ならわかるけど、あれはおふくろが俺を心配というか、守ってくれてたんだろうな。

 で、リズも俺を守ろうとしてくれてるから、似たような雰囲気なんだろう。

 それでも生暖かい目で見守られるのは、気恥ずかしいというかなんというか……。


 そんなことを考えつつも、俺たちは何の問題もなく冒険者ギルドに到着した。


「あっ、リズちゃんだ」

「今日もかわいーねー」

「お、今リズちゃんが俺に微笑んでくれた」

「ふざけんな! あの笑顔は俺に向けたもんだ!」

「テメーこそふざけんな!」

「アレックス死ね」


 すっかりギルドで有名になった”英雄の息子”……のお世話係とう設定のリズ。

 そしてリズは、秘匿された元聖女であるが、下々の者にも笑みを向ける慈悲深いお方だ。


 リズは聖女時代、下々の者と殆ど顔を合わせてなかったはずなのに、さらっと微笑むことができるのって、やっぱ腹黒で外面がいいってことの証拠なんじゃね?


 ひと月経っても、未だにリズ本来の顔が見抜けない俺は、未だに疑心暗鬼だ。

 決して、自分より人気があることに嫉妬しているわけではない。

 それから、コッソリ俺に死ねと行ったヤツは、見つけ出してぶん殴る!


 ちなみに、俺はスクワッシュ王国で過ごしていた頃、ルイーネに近い王国の北西部には殆ど近寄らなかった。

 単に両親と物理的に離れたい気持ちから単純な発想でそうしていたが、それが功を奏していたようで、ルイーネには俺の噂が殆ど流れていなかったのだ。

 そしてルイーネでは、在住していない”英雄の息子”ではなく”英雄”本人がいたのだから、俺のことなど気にしている者はほぼいなかった。


 だが”英雄”が亡くなり、”英雄の息子”が現れた。

 街では少しずつ、過去の俺の噂が流れ始めている。

 しかし、”英雄の息子”なのにCランクという低評価ではなく、”英雄の息子”という重圧の中で、ソロでCランクになったとは大したものだ、という評価だったのだ。

 俺の置かれた”英雄の息子”という立場は変わっていないが、所変われば考え方なども変わるようで、俺は思いの外好意的に受け入れられていた。

 それもこれも、俺がポーションをギルドに卸し、冒険者たちに貢献しているからだろう。


 まあ、フェイのことを公言していないから、ギルドに収めているポーションは俺が作ったことになってるからな。

 さすが魔導姫の息子だけあって、ポーション作りはお手の物なんだな、とか言われる度に、フェイに申し訳なく思っちゃうから、あまり囃し立てられるのは嫌なんだけど、仕方ないことなんだよな……。


 とはいえ俺はまだ、冒険者として戦闘系の依頼をこなしていない。

 そのため、Cランクでは剣鬼ライアンほどの強さではないのは当然だし、もしかすると戦闘能力はCランクにも達していないのでは? といったことを言う者もいる。


 大別すると、魔導姫派は概ね好意的で、剣鬼派は懐疑的な目で俺を見ている、といった感じだ。

 だからといって、Sランクのような活躍などできるはずもないので、あくまで俺自身のランクであるCランク冒険者として、正当な評価を受けたいと思っている。

 無理に”英雄の息子”を演じるのではなく、あくまで”英雄の息子”ではあるものの、アレクサンダーという個人としてこの街で受け入れてほしいのだ。


 そして現状は、良い意味で”英雄の息子”扱いではあるものの、それはおまけ扱いな感じで、俺をアレクサンダー個人として扱ってくれる連中が多い。

 俺はそんな些細なことが、単純に嬉しかった。


 だがその感情と現在の感情は別で、今はただただ煩わしいだけの冒険者連中をシカトし、受付嬢に声をかけ、いつものようにギルマスの部屋へ通される。


「アレックス、そろそろ街にも馴染んだろうから、オリンダのところへ顔を出してくれねーか?」


 ポーションの検品が済み、金銭のやり取りを済ませたトーマスがそんなことを言ってきた。


「オリンダって、ポーションが作れるエルフだよね? だったら、フェイのポーションで間に合ってるみたいだし、無理にポーション作成の依頼をしなくてもいいんじゃない?」


 フェイの作ったポーションをリズの聖水で薄めているため、必要個数は余裕を持って作られており、過不足なく納品している。

 ギルドとしては、なんの問題もないはずだ。


「いや、単に心配なんだ」

「何で? あ、もしかして、トーマスさんはおふくろだけじゃなくて、そのオリンダってエルフにも惚れてたとか?」


 そういえばこのオッサン、俺を娼館に連れてってくれたりしたけど、そもそも娼館の常連だったんだよな。

 もしかして、女だったら誰でもいいのでは?


「おいアレックス、あんま調子に乗ってるとぶっ飛ばすぞ」


 最近はなんだかんだで気安い関係になっていたが、久々に腹の底に響くようなトーマスの低い声を聞いた。

 どうやら俺の冗談は、トーマスの逆鱗に触れるものだったらしい。


「すいませんトーマスさん。――それで、オリンダさんについて、話を聞かせてもらえますか?」


 俺は少しだけかしこまって背筋を伸ばし、話を逸らすような感じでトーマスに本題を話すよう促した。


「オリンダはレイラを気に入ってたからな、相当滅入ってると思う。で、レイラは唯一古代語で会話ができる相手だったから、古代語じゃないと依頼を受けない、なんて子どもみたいなことを言ってるんだろう」


 俺が怒らせてしまったため、相変わらず低い声で話すトーマスだったが、声の質は先ほどとは違い、どちらかと言えば沈痛といった感じだった。


「だからアレックス、古代語を話せるお前が、オリンダの会話相手になってほしいんだ。これは依頼じゃなく、オリンダとレイラの友人として、アレックスに頼みたい。報酬は俺が個人的に出す」


 トーマスは厳つい見た目に反して、実はかなり面倒見が良い。

 親父をライバル視していたのに、その息子である俺のことも気にかけてくれた人だ、オリンダってエルフを気にするのも、トーマスの性分なのだろう。


「報酬は要らないよ。オリンダって人はおふくろの友達で、おふくろの死を悲しんで引き篭もってる訳だろ? だったらおふくろの息子として、俺がどうにかするのが筋ってもんじゃない?」


 俺は敢えて、最近の軽い感じの口調で答えた。


「フッ! あの”英雄の息子”が、随分と生意気を言うようになったな」


 厳つい顔のトーマスが、少しだけ柔らかくなる。

 そしてトーマスが口にした言葉は、今までならカチンとくるものだったが、今はそうならない。

 むしろこれで、ようやくいつもどおりの状況に戻ったのだ。

 だから俺も、少しだけ笑みを浮かべてみせるであった。

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