第24話 寝室
「そ、それで、ですね……。わ、私はアレクサンダー様がお望みであれば、何でもするつもりでいます」
パニックモードの俺に対し、リズはさらなる追撃弾を放り込んできた。
「で、ですが、まだ、その、決意が足りておりません。それに、フェイちゃんもおりますので、できましたら、その~、
この女は何を言ってる?
ハッ! もしかして、この女は”英雄の息子”を籠絡するための刺客なんじゃないのか?!
王国はリズを追放したフリをして、俺にハニートラップとやらを仕掛けに……。
いや、俺を籠絡する意味なんてないよな。
だったら何故?
元から動きの悪い脳を駆使し、どうにか答えを求めようとしても謎が深まるばかりの俺は、思考が意味不明な方向に進んでいた。
「か、勘違いしないでくださいね。私は誰にでもそのようなことをするつもりはありませんし、したこともありません。この体は未だに清いままです」
俺が黙ってしまった
「ですが、大恩あるレイラ様の息子であり、私を助けてくださったアレクサンダー様であればこそ、私は恩義に報いるため、私にできることであれば、何でもしようと思えるのです。むしろ私にできることなど、体を使うこと以外できずお恥ずかしい限りです。――それでも、やはり、まだ、気持ちの方が……。」
あまりのことに気が動転していた俺だが、今のリズの言葉で逆に冷静になれた。
リズは結局、おふくろに対する恩があって、俺に体を差し出すと言ってるだけにすぎない。
俺がリズを助けたことにも恩を感じているようだが、やはりおふくろに対する恩の方が大きいはずだ。
だったら俺は、リズの言葉を甘んじて受け入れる……なんてことはできない。
「こう言っちゃなんだが、俺は愛もなくそういうことをする男じゃない」
むしろ愛などなくても全然できるけど。
「ですが、トーマス様にそのような場所に連れて行っていただき、その~、エルフを抱いた……のではありませんか? 失礼を承知で言いますが、フェイちゃんにもそのような感情を抱いていたり、とか?」
そういえばトーマスとの会話で、あのオッサンが要らないことを言っていたのを思い出した。
「あ、あれは、ほれ、まだ俺が若くて物事を知らなかったから、社会勉強的な感じで、ちょっと学んだだけだ。――なんと言うか、若気の至りみたいなもんで、今はそんなことはないぞ」
完全な言い訳だが、本心を語るわけにはいかない。
「そうですよね! アレクサンダー様は誠実なお方だと私は信じております」
いやいや、今さっき懐疑の目で俺を見てたじゃん。
「だからあれだ、リズも恩とかで体を差し出すようなことはしなくていいから。やっぱ愛のない行為はよろしくないし」
俺はここぞとばかりに、リズとの適切な距離を取ろうとしつつ、もっともらしいことを言ってみた。
「確かに恩を感じているのは事実です。ですが、私はアレクサンダー様をお慕いしていますよ」
「それはあれだ、おふくろに対する恩が、リズ自身の感情をも錯覚させてるだけだ。だからそんなことを考えず、リズはリズのしたいように生きろ。俺はその手助けをするから」
社交辞令のような言葉は要らない。
そもそも出会ってから日が浅いのだ、俺を慕う気持ちというのも、おふくろに対する恩あってのことで、体を差し出すような感情でないのは明白だ。
そんなことより、多少時間がかかってもリズの本心や人間性を見せてもらいたい、という気持ちこそが今の俺の本心。
だから今は、俺の心……というより、体の一部を刺激するようなことは謹んでほしい。――かなり本気で。
「それでした、私はアレクサンダー様と一緒に冒険をし、アレクサンダー様にお仕えしてお支えすることが生き甲斐です」
「まあ、今はそれでいいよ。――ああ、だったらその中に、フェイを人間社会での生活に適合させるというのも盛り込んでほしい」
「それは勿論、私も協力します。当面は寝る際に寝間着を着ることを覚えさせることからですね」
「そうしてほしい。それと、共通語も教えてやってくれ」
「はい」
「じゃあ、明日から頼む。今日はもう部屋に戻っていいぞ」
体よくリズを部屋から追い出そうとしたが、腹黒聖女は見た目だけは慈愛の笑みを浮かべるものの、絶対に出て行きませんといった強い意思を感じさせ、俺から目を逸らさない。
「俺はフェイの右側で寝るから、リズは左側で寝てくれ」
「かしこまりました」
物凄く良い返事をしたリズは、そそくさとベッドへ向かって行くと、さっと布団に潜り込んだ。
せめてもの救いは、リズが服を無がなかったことだろうか。
「明日は寝間着も含めて、リズとフェイの服を買いに行くからな」
「そうですね。メイド服のまま寝るのはちょっと、と思っていましたから。なんでしたら私も、フェイちゃんのように全裸で寝てしまおうかしら?」
「それだけは止めてくれ」
いつの間にか全裸になって既に寝息を立てているフェイを挟み、リズとそんな会話をしている俺が、寝息とは違うモノを立ててしまうのは、至極当然であった。
◇
「ギルドにポーション卸しに行ってくる」
「アレクサンダー様はまた単独行動しようとして。私も行きますから、少々お待ちください」
都市国家ルイーネにあった両親の邸に腰を据えて約ひと月。
この街の生活にもそこそこ慣れてきたいた俺は、冒険者としての活動は再開していないが、ポーションを卸しに冒険者ギルドに行くことがままある。
本来であればルイーネに唯一定住しているエルフに、ポーションの作成を依頼するのが俺に与えられた依頼だったのだが、自分がこの街に慣れることなどを優先したため、現状その依頼が果たせないでいた。
しかし、冒険者ギルドが確保しているポーションの在庫が
仕方なく急場しのぎでフェイにポーションを作らせ、現状のポーション供給は安定している。
だがちょっとした問題があった。
おふくろの残した研究施設には、ポーションを作成する設備や素材はあったのだが、水だけは
しかしそのエルフに会う準備が、俺の中ではできていない。
さてどうしようと困ってしまったのだが、腹黒でもリズは元聖女、彼女は聖水を作り出せたのだ。
聖水は、通常のポーション作成に使われる”
それにより、フェイがポーションを作れたので一件落着……とはいかなかった。
フェイの作ったポーションを携え、冒険者ギルドでトーマスに渡したのだが、そのポーションが市場にあまり出回らないAランクの物だったのだ。
俺としては、良い物が出回るのはいいことだと思ったのだが、Aランクポーションを作れる者は珍しく、そんな物を流通させたらお偉方に目を付けられる、そうトーマスに言われてしまった。
それは俺としても望まないことなので、そのAランクポーションはギルマスの部屋の金庫に貯蔵されることに。
邸に戻った俺は、フェイにもっと低品質のポーションが作れないか聞いてみた。
しかしフェイは、良いものが作れるように努力していたので、わざわざ悪いものを作ることができないと言うのだ。
それはプライドの問題ではなく、単に作れないと言うのだから困ってしまう。
だがそこで、リズから提案があった。
なんでも教会というのは、良いポーションを聖水で薄めて
そんな裏話を聞かされ、嫌な情報を知ってしまったことに頭を悩まさせられたが、それはひとまず置いておき、リズに聖水を作ってもらい、フェイの作ったポーションを薄めてみた。
聖水の割合を、何段階か変えて試してみる。
そうして出来上がったポーションを持って、再度トーマスに届けた。
すると、一番出回っているEランク、ちょっとお高いDランク、上位冒険者が愛用しているCランクなど、しっかり流通させられるポーションになっていたのだ。
それからは、フェイが鍛冶の片手間にポーションを作り、それをリズが聖水で薄めた物を冒険者ギルドに降ろすようになっていた。
で、何の作業もしていない俺がギルドに運ぶ任を受け持ったわけだが、リズが俺の単独行動を認めてくれないのだ。
以前、リズに内緒で単独行動――娼館の場所確認――をしたら物凄く怒られたので、それ以来勝手な行動をしないように気をつけている。
そして今も、あわよくばひとりでギルドに行けないかな、などと思いながら一応出かける旨を伝えたのだが、やはりリズが同行するようだ。
今日も娼館の下調べはできないな……。
リズのような美人を連れて歩けることを、ここまで嫌がる男は俺だけだろう。
だが分かってほしい!
手を出したくても出せない辛さを!
そんな悲痛な叫びを心の中だけに留めた俺は、大人しくリズの支度ができるのを待つのであった。
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