第11話 魔導姫の弟子

「そのイスに座ってくれ」


 さすがギルマスの部屋だ。

 トーマスはイスなんて呼び方をしていたが、座れと顎で示されたそれは、革張りの立派なソファーだった。

 遠慮なく座った俺の左手はフェイと繋がれており、少女も大人しく座る。

 そして右手側には、リズがお行儀よく座った。


「おい、茶を用意してくれ。――で、何しにルイーネにきた?」


 ローテーブル越し、向かいのソファーに腰掛けたトーマスは、首を後方に回してお茶の用意をさせると、届くのを待つことなく問いかけてきた。


「訳あって、この子を買うことになったのですが、貯金もそれなりに貯まっていたこともあり、冒険者を辞めてこの子とのんびり生活しようと思ったんですよ。で、住む場所もないんで、両親の世話になろうかと……」


 まさか知人に会うと思っていなかったため、こんな情けないことを口にするとは想定していなかった。

 しかもトーマス相手では下手なことを言えない。

 なので、みっともないが事実を口にすることにしたのだが……。


「両親の世話をするんじゃなくて世話になる、か」

「はい……」


 俺の両親は、冒険者として常に第一線で活躍していたため、かなり高齢で俺を生んでいた。

 記憶どおりであれば、親父は今年で60歳、おふくろは59歳だ。

 常識で言えば、俺が両親の面倒を見るべきだろう。

 なにせ60歳といえば孫はおろか、下手したらひ孫がいてもおかしくない年齢で、むしろ60歳まで生きていることの方が珍しいのだから。

 その点からするとトーマスも、もはや老人という年齢のはずだが、まだまだ働き盛りのオッサンくらいに見える。

 実に恐ろしい。


「で、珍しい翠の瞳を持ったドワーフは置いといて、こっちも珍しい白髪赤瞳の美人は奴隷じゃないのか?」

「あー……」


 これまた説明が難しいことを……。


 俺が言葉に詰まっていると、キリッとした如何にもできる感じの女性、トーマスの秘書……とかなのだろうか、その女性が俺たちの前にお茶を置いてくれた。

 そのおかげで少しだけ考える時間ができ、それを口にする。


「道中でオオカミに襲われていたのを、俺がたまたま助けたんです。そしてらこれがまた、たまたまおふくろの弟子だったんです。しかも身寄りがないと言うので、一緒におふくろに世話になろうと……」


 考えてみたが取り繕うにも上手い説明が思い浮かばず、結局は面倒な部分を端折って事実を伝えた。


「ん、レイラの弟子だと? おいアレックス、レイラは弟子を取らないで有名だったんだぞ」


 ん、そうだったのか?


「まあ厳密に言えば弟子を取らないんじゃなくて、天才肌のレイラの説明を理解できるヤツがいなかっただけだがな。だから俺も、長い付き合いだがレイラの弟子なんてひとりも知ら……ああ、ひとりだけいたな」


 おふくろは俺を生む1年前に結婚を機に冒険者を引退したらしいが、俺の知るおふくろは研究者肌の理知的な人物で、あれこれ考えては理論立てて細かくメモをしていた。

 しかし俺は、そのメモを見たことがないのでなんとも言えないが、もしかするとあれは、他人には伝わらないおふくろだけが理解できる、暗号のようなものだったのかもしれない。


 思い出してみると、おふくろの行動そのものは考えなしの脳筋だったし、俺に古代語とか古代魔術を教えるときも、”考えるより感じろ”って感じだったよな……。


 ん?


 っていうか、リズがおふくろの弟子だったのは聞いてたけど、よくよく考えればおふくろは引退してから王都で引き篭もり生活をしていて、我が家に弟子の出入りなんてなかった。

 しかもおふくろの方から、わざわざ弟子を指導しに出かけたりもしてない。


 あれ、リズはいつおふくろに教わってたんだ?

 確かリズは17歳だったはず。

 で、おふくろがルイーネに移住したのは、親父が引退した9年前。

 リズはルイーネにきたのは初めてだと言ってたから、それ以前に弟子だったことになるな。

 だとすると、リズは幼少期におふくろの弟子だったってこと?

 考えられないな。


 リズからおふくろの弟子だったと聞いたとき、”へーそうだったんだ”くらいにしか思っておらず、深く考えていなかったのだが、しっかり思い出してみるとちょっとおかしいことに気づいた。


「だがあれはレイラの引退時期だったからなー、こんな若いはずはないんだが」

「……あの~」


 俺があれこれ考えていると、厳つい顔のトーマスが眉根を寄せてさらに顔を厳つくして悩むように口を開くと、リズがおずおずと声をかけた。


「何だ?」

「その人は、ワーヘイ村のエラではありませんか?」

「よく覚えていないが、そんな感じの名だったような。まあ、ワーヘイ村の娘だったのは確かだな」


 なんと、リズの言葉にトーマスが理解を示したのだ。


「ほれ、アレックスが冒険者デビューした際、お前さんもライアンに連れられて挨拶に行ったんじゃないか?」

「確かに両親の出身地にある食堂に行きましたよ。先輩冒険者のロブさん……でしたかね? その方へ挨拶するとかで」


 俺の親父であるライアンとおふくろであるレイラに、冒険者のいろはを教えてくれたのが、同じ孤児院で育った兄貴分のロブという人物だったらしい。


 記憶が確かなら、ロブさんは冒険者を引退した後に奥さんの実家から食堂を引き継いだ、とか言ってたかな?

 ロブさんってのは両親が一番お世話になった人だから、息子である俺が冒険者なったことを伝えたいとかで、親父に連れて行かれたんだよな。

 あのときは引退してたおふくろも、わざわざ一緒についてきたっけ。


「そうだ。ロブは俺も顔見知りで、確か息子の嫁がレイラに魔術を教わって、唯一理解ができたと聞いた覚えがある。――ああ、息子の方もライアンから剣の手解きを受けたとかだったはずだ。まあ、ライアンからちょっとした手解きを受けた者は多いがな」

「ワーヘイ村のロブは私の祖父です。そしてロブの息子ルイス、その嫁のエラは私の両親です」

「「――!!」」


 トマーマスの言葉に対し、リズが衝撃的事実を伝えてきたことで、俺もトーマスも思わず息を呑んでしまった。


「アレクサンダー様が冒険者デビューした際、祖父にご挨拶にきてくださいました」


 リズはそう言うと、過去のことを話始めた。


 祖父や両親から”英雄”の話を聞かされて冒険者に憧れていたリズは、祖父や父から剣を教わっていたがあまり上達しない。

 魔術師の母から魔術を教わったが、やはや上達しなかった。

 それでも噂に聞く”英雄”、特に魔導姫への憧れは消えない。


 7歳のとき、祖父の伝手で憧れの魔導姫に会えることになる。

 噂通り、珍しいと言われる自分と同じあかい瞳の美しい女性だった。

 しかし魔導姫に、普通の魔術師になるのは難しいと言われて落ち込んでしまう。

 だが、多くの人を守れる力を持っている、そう言われた。


 そして魔導姫は、初歩の術を飛ばして、自分を守る小さな結界型の障壁の使い方を教えてくれた。

 魔導姫の補助があって一度だけ障壁を作れたが、自分だけでは作れない。

 その後は自分だけで作れるように鍛錬に励む。

 それから3年、自分だけの力で障壁を作れるようになったのだ。


「そのことだけでレイラ様の弟子だと言い張るつもりはありませんが、私はレイラ様から学ばせていただいたのです」


 リズの話を聞くと、トーマスは「なるほどな」と納得していた。

 一方の俺は、当時のことをあまり覚えていない。

 だが薄っすらと記憶が蘇ってきて、おふくろが小さな女の子に指導している風景が思い浮かぶ。


 確か随分と色素の薄い子で、目だけが印象的な色をしていたような……。

 え? もしかするとあの子がリズだったのか?!


 あの少女がリズだったのであれば、引き篭もりのおふくろの弟子だったことも合点がいく。

 俺は思わず、自分の右に座るリズへと顔を向けた。

 するとリズもこちらへ顔を向け、惚れ惚れするような笑顔を見せると、おもむろに口を開く。


「やはりアレクサンダー様は、覚えてえおりませんでしたね」


 なんだろうか、美しい笑みなのだが、リズからただならぬ凄みを感じる。


「アレクサンダー様は私に、”大きくなったら一緒に冒険しよう”と声をかけてくださったのですよ。なので私の夢は、いつかアレクサンダー様と一緒に冒険することだったのです。――しかし、それも叶うことのない状況になってしまいましたが、それでもその想いがあったからこそ、私は頑張れたのです」


 俺、そんなこと言ったの?


 当時の俺は、まだ冒険者の世界に入ったばかりで、”英雄の息子”として頑張ろうと、ただただ意気込んでいた。

 なのであまり細かいことを覚えていない。

 しかし、”英雄の息子”として恥ずかしくないようにしよう、そう思っていたのは覚えている。

 もしかすると、”英雄の息子”らしく在ろうとするために、そんな言葉をかけたのかもしれない。


「お前らの関係はよくわからんが、美人なお嬢さんがレイラの弟子であることは理解した」


 トーマスが喋ってくれたことで、俺はここぞとばかりにリズから目を逸らした。


「でだ、お前らが当てにしてたライアンとレイラについて、伝えなければならなことがある」


 厳つい顔ではあるが、先程まではゆるい雰囲気を感じさせていたトーマスから、今は少しばかり重い空気を感じた。


「両親に何かあったんですか?」


 冒険者の勘というヤツだろうか、この空気の変化から何かあったと察した。

 だから俺は、少しばかり気を引き締めた問うたのだ。


「実はな――」


 トーマスの口から、驚きの事実が告げられたのであった。

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