第9話 拷問のような禁欲生活

「あの~……」


 なんとも言えない重々しい空気感の中、しばらく無言で歩いているとイライザが口を開いた。


「何だ?」

「付かぬことを伺いますが、そちらの女の子はエルフ……でしょうか?」

「……あー、まあ、そうだな」


 フェイについて何も説明してなかったのだが、わざわざ説明する関係でもない。

 しかし、問われているのに無視するのもおかしいだろう。

 だがエルフではなく、ツヴェルゲルフェンだと正直に言うのもはばかられる。

 なので、なんとも言えない中途半端な返答をしてしまった。


「一度も声を発しておりませんが、まさか声帯を潰した……などということはありませんよね?」

「そんなことはしてないぞ。ただ単に、フェイが共通語を話せないだけだ」

「え? では、どのように意思の疎通を行っているのですか?」

「あっ! それは……」


 突拍子もない質問に、警戒もせず流れで本当のことを伝えてしまったが、俺の言葉は疑問を抱かれても仕方のないものだった。


 拙いな。

 俺とフェイが古代語でやり取りしてるとか、できれば知られたくないんだよな。


「こんなことを聞くのもおかしいのですが、アレクサンダー様とどういったご関係なのでしょう?」

「ん? フェイは俺の奴隷だけど」

「え?! エルフの奴隷……」


 イライザは驚きの表情を見せた後、さげすむような視線をぶつけてきた。

 俺は事実を伝えただけなので、彼女がどうしてそんな視線を向けてくるのか意味がわからない。


「エルフの奴隷って、そういった・・・・・ことにご利用・・・なさるのですよね? こんな幼気いたいけな子を……」

「……あっ!」


 俺は少しだけ考えたが、再び失言したことに気づき、イライザの言わんとすることを理解した。


 エルフの奴隷とは、ほぼ確実に愛玩用、つまり性奴隷なのだ。

 そしてフェイの実年齢を知らなければ、俺が12歳くらいの女児をエロいことに使っている、と思うだろう。

 だからイライザは、先程までの好意的な態度から一転して、”この変態野郎”みたいな目を向けてきたに違いない。


「違うぞ! 俺はフェイにエロいことなんてしてないぞ!」


 俺は動揺して、ド直球な言葉で否定してしまった。


「それでは、もしかして虐待目的……」


 何故だろうか、一般人がエルフの奴隷にしないようなことをしていると思われたようだ。


 確かに、一部には虐待目的で奴隷を飼う者もいるらしい。

 だがそんなことをするのであれば、奴隷としては安い人間の女性に対してだ。

 よほどの大金持ちでもない限り、高級なエルフにそんなことをする者はいない。

 とはいえ、この考えは奴隷を買ったことがあるか、買おうとした者でなければ知らない常識なのだろう。

 だから俺は否定の言葉を出そうとしたが、イライザはさっとフェイに駆け寄り、少女の体を確認しだした。


「見える場所に怪我はないようですが…………痣が!」


 フェイの背後に回ったイライザだが、そそくさとワンピースのボタンを外すと、驚きの声を上げた。


「いや、それは――」

「見損ないました!」


 それは奴隷商にやられた痕で、フェイももう痛くないと言うのでポーションも使わず、自然回復を待っているだけだ。そう伝えようと思ったが、イライザに遮られてものすごい目で睨まれてしまう。


「大丈夫ですか? すぐに治してさしあげますからね」


 俺から視線を切ったイライザは、こちらに向けていたキツい顔とは違う、慈愛に満ちた表情をフェイに向け、優しく話しかけた。

 そして、なんとなく聞き覚えのある言葉を紡ぎはじめる。


    母なる大地よ    、彼の者に聖    なる癒やしを


 言葉自体はわからないが、神官系の者が使う癒やしの術だろう。

 イライザの詠唱が終わると、フェイの体が見慣れた淡い光に包まれた。


      あ、お父さんの言葉!

「え?」


 すると、イライザの詠唱にフェイが反応し、イライザは驚いたような困惑したような表情になっている。


    あなたはお父さ    んの仲間なの?

「あ、あのー、アレクサンダー様、この子は何者なのですか?」


 フェイに話しかけられたイライザは、先程まで汚物を見るような目で俺を見ていたというのに、ものすごくおどおどとした感じで俺に質問をしてきた。

 だが俺には状況が理解できていない。


「どういうこと?」

「この子から、”あなたはお父さんの仲間なの?”と質問されました。この子のお父様というお方はどなたなのですか?」

「え、何? イライザは今フェイが使った言葉の意味がわかるのか?」

「え、アレクサンダー様はわからないのですか? 共通語を話せないこの子と、聖古語・・・で会話を交わしている……というわけではなさそうですね」


 訳がわからないし、聖古語とか聞いたこともない。

 だから俺は、きっと間抜けな顔をしていたのだろう。イライザは俺の表情から何かを察したようで、呆れたような表情で勝手に納得していた。


『なあフェイ、聖古語ってなんだ?』


 状況を飲み込めていない俺は、当事者であるフェイに質問してみた。


『聖古語? ボクはそんなの知らないよ』

『でも今、イライザに聖古語で話しかけてただろ?』

『イライザ? あ、この女の人のことね! だったら、お父さんの言葉を話してたから、お父さんの仲間だよ』


 なるほど。

 俺の中ではドワーフも古代語を使ってると思ってたけど、エルフとドワーフで使ってる言語が違うんだな。

 でもどうして、ドワーフの言葉が聖古語なんだ?


 疑問が一つ解消されると、また次の疑問が生まれる。

 なんとも面倒くさいが、それでも投げ出さずに知っておくべきだろう。


「なあイライザ、聖古語ってのは、癒やしの術とかで神官とかが使う言葉だよな?」


 よくわかっていないが、先程のイライザの詠唱自体は聞いたことがある。

 なので山勘で質問してみたのだ。


「そうですが?」

「だったら神官は、ドワーフの言葉を理解してるってことか?」

「いいえ。ドワーフが共通語を知っていれば会話はできますが、ドワーフの言葉で会話はできないと思います」

「?」


 意味がわからない。


「何故そのような質問を?」

「いや――」


 ちんぷんかんぷんなままの俺とイライザは疑問をぶつけ合う、長い長い話し合いが始まる。


「――なるほど」


 俺とイライザの話し合いは、最終的にフェイも混じって大凡おおよその解決にたどり着いた。


 ざっくり言えば、ドワーフ語と聖古語は同一の言語だ。

 聖古語は失われた言語で、神官などが使う癒やしなどの詠唱文のみで使われていて、”この詠唱文にはこの効果がある”と言った感じで、詠唱文のみを覚える。

 言葉の意味はわからないまま。

 しかしイライザは、嫌がらせで旧聖書を現代語に訳すよう命じられ、本当に訳したので聖古語の意味を理解しているとのこと。


 ちなみにイライザが訳した本は、儀式という名目で燃やされたそうだ。


 そして、何故ドワーフ語と聖古語が同一なのかというと、ドワーフは古来より地母神を信仰しており、その信仰が人間に伝わって聖古語となった。

 しかし、次第に信仰そのものが時代時代の言葉で受け継がれ、詠唱文のみが残った結果だそうな。


 だがそんな話をしたものだから、フェイがツヴェルゲルフェンだと言うことを、イライザに知られてしまったのは当然のこと。

 しかし、俺が虐待などしていないことをフェイがイライザに伝えてくれ、しっかり誤解を解いてくれた。

 が、フェイがものすごく熱くなってしまったので、少々面倒なことになったのは誤算だ。

 というのも――


『ご主人さまは、ボクを捕まえた悪い人からボクを助けるために、お金って言う人間には大事な物をたくさん使ってくれたんだよ』

『ご主人さまは、ボクとずっと一緒にいてくれるって言ってくれたの』

『ご主人さまは、ボクとたくさんおしゃべりしてくれて、とても優しいんだ』

『ご主人さまは、ボクの知らない食べ物をたくさん食べさせてくれるよ』

『だからボクは、ご主人さまのお手伝いをするの』


 などといった感じで、ものすごく俺を持ち上げてくれた。

 それを聞いたイライザは、俺を疑ったことを平身低頭で謝ってくれたのだが、「恩人を疑ってしまった私は、生きている資格などありません。死してお詫び申し上げます」などと言い出し、自死する手段もないことから、終いには「殺してください」など言い出したのだ。


 正直、かなり面倒くさかった……。


 どうにか死ぬ死ぬ騒動は抑えられたのだが、あろうことか「私も奴隷として、一生アレクサンダー様にお仕えします」とイライザが言い出してしまったのだ。

 しかし、王太子の元婚約者で元聖女を奴隷にするなど、俺からすると恐ろしすぎて許容できない。

 なので、「奴隷にはしないけど、俺が困ってることとかあったら、その際はちょっとお手伝いしてくれるだけでいいから」みたいな感じでお願いして、どうにか奴隷にしないで済んだ。


 とはいえ、現在のイライザは身よりも知り合いもいない。

 結果、イライザは俺と一緒に両親の家で世話になるため、奴隷ではないが俺のお世話係のような位置で落ち着くことになってしまう。


 こうして俺は、エロ目的で買った性奴隷と、エロい体つきをした絶世の美女を従えながら手を出せない、拷問のような禁欲生活が始まるのであった。

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