第3話 この中に、ひとり裏切り者がいる。
大厄災を、彼はもう8度も経験してきた。
だが、それが人の手によるものなのか、天変地異のようなものなのか、あるいは神の手によるものなのか、なぜ彼だけが生き残ってしまうのか、彼にはいまだにわからないでいた。
それどころか、本来なら12人のはずの彼の弟子はなぜか13人おり、おそらくその中にひとり裏切り者がいるのだ。
その者は大厄災を望む者と内通しているのだろう。
何度繰り返しても、彼は、
「自らを救厄の聖者と名乗り、多くの国の民の心をかどわかした偽りの聖者」
という、無実の罪を着せられ、されこうべの丘で処刑されてしまう。
彼は自らを聖者であると名乗ったことは一度もなかった。
物心ついたときには、父や母が幼い彼を連れてそう言って触れ回っていた。
彼の外見や、高い知性、優れた魔法の才能を見て、皆がそれを信じた。
彼を神の子だと言い始める者もいた。
それは噂となって近隣諸国に瞬く間に広がった。
そしてついに、
「夫の不在中に、天使様がわたしのところへ舞い降りてこられました。
天使様はわたしに、神様の子を授かるようおっしゃられたのです」
母はそんなことを口にするようになった。
母は貧しい家庭に生まれ、文字の読み書きすらできなかった。
まともな教育を受けておらず、教養もない。
当然聖書も読めるわけもなく、父に朗読してもらって聞いていた。
その顔は、内容を理解しているようには思えなかった。
そんな彼女が、富や地位や名声を手に入れるために、父を巻き込んで、自分を利用しようとしているのが許せなかった。
それは、もしかしたら母ではなく、父が言い出したことかもしれなかった。
父も読み書きこそできたが、貧しい家庭に生まれ育った。
アンフィスもまた、両親が富を手に入れるまでは貧しい暮らしを送っていた。
だから、彼は親を捨て家を出た。
目に映るものすべてを破壊してしまいたい衝動にかられながらも、彼は必死でそれを押さえ込み、目に映るすべての人を魔法で助ける旅を始めた。
弟子たちはいつの間にか勝手についてきていた。
彼は救厄の聖者かもしれなかったが、神の子などではなかった。
だから、神の言葉を聞いたことはなかった。
母の作り話のように、天使が目の前に降りてきたこともなかった。
彼は、両親と同じくらいに神を憎んでいた。
救厄聖書などというものさえなければ、自分は両親が財を成すための道具として利用されることはなかっただろう。
そう考えると、あんな中途半端な預言を書き残した者にも腹が立った。
もし神や天使が目の前に降りてくることがあったなら、殺せるならば殺してしまうかもしれなかった。
弟子たちに教えてやれたのは、魔法くらいだった。
彼らを家族のように思っていた。愛していた。
疑いたくはなかった。
だから、これから彼が言おうとしていた言葉は、彼が両親だけでなく、血の繋がりこそないものの、ようやく手に入れた家族を失うことになるとわかっていた。
それでも言わなければならなかった。
「この中に、ひとり裏切り者がいる」
晩餐の席は静まりかえった。
13人の弟子たちは、それぞれが隣にいる者と顔を見合わせた。
そして、彼に向かって、彼が教えた、魔法を放ち、攻撃をしかけてきた。
「全員が裏切り者だったってわけかよ。上等だ。ぶち殺してやる」
彼はそう言って、
そして、十度目の最後の晩餐の席にいた。
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