最後の晩餐は繰り返される。~救厄の聖者たち~
雨野 美哉(あめの みかな)
第1話 聖者の行進。荒廃した大地にて。
ゆるいウェーブのかかった銀色の長い髪と、その身にまとった衣服ですらない汚れた布が冷たい風になびいていた。
その男の両の瞳は赤く、痩せ細った真っ白な身体は、脇腹に槍が突き刺さっていた。
槍は、彼の背中の肩甲骨の間を貫通していた。
彼は、脇腹に刺さったままの槍を引きずりながら、荒廃した大地を歩いていた。
槍の柄の底につけられた金具・石突(いしつき)が、荒廃した大地に彼が歩いてきた道のりを描いていた。
彼が今いるのは、ほんの数日前までニアロという国があったあたりだろうか。それともルガリアだろうか。ハーガンかもしれない。
国境を示すものも、現在地がわかる目印も、どこにも見当たらなかった。
いくつもの国家が存在していたはずの土地は、そこに城や町や村があったことすらわからないほど、何もかもがなくなっていた。
石突が描く男が歩んできた道は、ラエルという国のサレムと呼ばれる土地まで、数百キロと続いていた。
サレムにある城の北に、「されこうべの丘」と呼ばれる場所があり、彼はそこから歩いてきた。
こんな風に荒廃した世界を歩くのは何度目だろうか。
何度繰り返せば、誰が自分を裏切ったのかわかるのだろうか。
何度、処刑人に急所をはずされ、槍を突き刺されながらも死ぬことすら許されず、背中まで貫通した槍をひきずりながら、荒廃した大地を歩くのだろう。
彼は、すでに同じ経験を8回も繰り返していた。
その度に別の方角に向かって歩いた。
だが、誰ひとり生きた人間どころか、死体すら見つけることができなかった。
彼はまもなく死を迎えるだろう。
そして、処刑される前の夜の晩餐の席へと戻されるだろう。
誰が彼を裏切り、処刑という形で彼を足止めし、「大厄災」を引き起こすのか。
それを突き止め、大厄災が起きることを止めなければ、彼はきっとこの無限に続く地獄から解放されることはないだろう。
男の名は、アンフィス・バエナ・イポトリル。
彼は「救厄の聖者」と呼ばれていた。
神による天地創造から始まる聖書は、神が自らに似せて人を造ってからの神と人の数千年に渡る長い歴史が綴られていた。
そして、その最後は大厄災と呼ばれるものの預言で締め括られていた。
そのため「救厄聖書」と呼ばれていた。
しかし、大厄災とは何なのかについて一切触れられておらず、
――救厄の聖者とその12人の弟子が世界を大厄災から守るだろう。
聖者は、銀色の髪と赤い瞳と白い肌を持ち、老いることなく数百年の時を生きる者。
記されていたのはたったそれだけであった。
預言にある聖者の外見は、先天的に色素を欠損して産まれてくるアルビノを指しており、そしてその寿命についてはこの世界に稀に産まれる魔人を指していた。
魔人とは、人の中に稀に産まれる、大気中に存在するエーテルという魔素と一体化した、高い知性と優れた魔法の才能を持つ者のことだった。
エーテルは、人や魔物が精霊の力を借りることで使える魔法の、魔力の源となるものであった。
アルビノの魔人は1000年に一度産まれるかどうかという伝説上の存在であった。
この世界にそのような存在は、彼ひとりであった。
しかし彼には13人弟子がいた。
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