「【序章】Call of the Master—運命と選択—」〜合同短編集「つづりぐさ」収録<第31回文学フリマ東京 サンプル>

ワニとカエル社

1

 今日は記念すべき日である。我が王が魔者たちに圧倒的勝利を収めたからだ。この戦いは後世語り継ぐべき素晴らしいものだった。ゆえに一片の漏れもなく記憶せんと一瞬さえ目を離さずに記憶し続けた。

 戦いの火蓋が切って落とされると、我が王の眼前に数に魔者どもが大挙して押し寄せたが、所詮は雑魚の集まり。我が王の華麗なる一振りでもって魔者たちは次々と戦場に屍を晒していった。

 戦いが終わり、魔者たちの血で染めたような夕陽を受けて厳然と輝く我が王の背を見ていると、不覚にも涙が溢れた。

 頼もしく、美しくお育ちになった我が王はなんと、なんと……。——あぁ言葉が出ない。

 我が王の成長を見守り幾星霜。過去の様々が思い起こされ、私の胸をいっぱいにした。

 かつて私より小さかった王は今や仰ぎ見るほどの背丈になり、その精悍な横顔は世界を支配するにふさわしい力と気品を備えている。

 我が王が振り返って私を見た。私は王の言葉に期待した。いかなる勝利の宣言をなさるのか、私は息を呑んで王の顔を見つめた。

『こやつは生かせ』

 初めて我が王の言葉を疑った。いや、初めて言葉の意味が理解できなかった。

 こやつを生かせ? 

 こやつとは? 

 うろたえながらその答えを探すと、我が王の手に釘づけになった。手にしているのは、なんと……魔者の赤子だ。

 卑劣な魔者は、我らの牙から逃れるために、生まれて間もない赤子を贄に寄越したのだ。なんたる非道。なんたる愚策。そのような下劣な輩は生かしてなるものか。そもそも何をしようと我が王の道を阻む魔者どもは、どの道滅ぼされる運命にあるわけだが。

 ともかく、そんな卑劣な輩の子を殺しもせず生かせとはこれいかに。さすがの私も進言せざるを得なかった。

「恐れながら、魔者の子を生かせとは……」

 我が王は私の言葉など意に介さなかった。

『育め』

「は、育め……ですと?」

 私の動揺など、我が王には木々の葉ずれ程度にしか思われないのである。

 王の深い声音は滑らかに響いた。

『生かせ。育め』

 我が王はそれ以上語らなかった。私は従うほかなかった。我が王に歯向かうことなど、絶対にあり得ないのだ。

 かくして、この忌々しい魔者の子を手元に置くことを余儀なくされた。

 誠に遺憾ながら我が王が生かせと言ったのだ。殺さず成長させなければならない。本来なら魔者の子などこの厳かな城内に置きたくもないのだが、我が王の命だから仕方がない。

 ひとまず養育を任せたニンフの腕の中で眠る赤子を見ながら、この件に関しての不満疑問その他一切を諦め、ただひたすら王の命令を遂行することを決意した。

 そして後学の為に魔者の子の育成について書き記しておきたいと思う。いや、後学の為などではなく、この悲劇を繰り返さない為の警鐘として永遠に語り継がれることを願って、私は全てを物語っておきたい——。

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