第4話 僕の恋人

「どうやったら、こんなにきれいな骨になるんですか、ご主人様」

「うーん。トレーニング。僕は自分の身体でもなんでも、自分でコントロールできないといやなんだ」


 コントロール、とノイはつぶやいてみた。

 コントロール。

 人間はなにかをコントロールすることができるのだ。

 たとえば身体の動きを。

 それから感情を。

 自分の生活を。

 人生を。

 未来を。


 アンドロイドは何もコントロールできない。ただ目の前にあるものに、対処していくだけだ。

 お茶を入れ、料理を作り、掃除をして、ご主人様の仕事を手伝う。

 夜になれば眠り、朝になれば起きる。

 それが70年続く。耐久期限が来たら終わりだ。ノイの機能は止まり、アンドロイドラボから出荷された状態に戻る。


 初期化。

 あるいは廃棄。

 ノイはこの世にいなくなり、別の個体が現れる。

 それが、これほどつらいとはノイは考えたこともなかった。


 そもそも。

 アンドロイドは考えない。

 アンドロイドは意志を持たない。

 ノイは、何かを欲しがったりしない。


 しかし今、ご主人様の肩甲骨を両手で包みながら、万能セクサロイドは、初めて何かを考えた。

 ノイの身体のどこかが、キシリとゆがむ。


「ノイ、抱きしめて」


 ご主人様が呼ぶ。ノイは素直にご主人様の背中に回した手に、力を入れる。

 ご主人様が身体をよじって笑った。


「くすぐったいな。ノイの手は小さいから、くすぐったいよ」

「すみません」


 ノイはすぐに手を離した。するとご主人様がぎゅっと抱きしめてきた。


「ちがうよ、ノイ。こういう時はもっと僕が嫌がることをするんだ」

「なぜですか。アンドロイドは人間が嫌がることをしません。私たちは、ご主人様に奉仕するのが仕事です」


 するとご主人様はわらったまま、ちゅっとノイの口にキスをした。


「そうだね、アンドロイドは人間が嫌がることをしない。でもここにいるのは、僕の恋人だから。ノイ」

「はい」

「タイチと、よびなさい。これはオーダーだよ。僕が君のご主人様として最後に出す命令だ」

「最後の命令って、何ですか。ご主人様、もうノイはいらないんですか」


 ノイは男の硬い身体の下で、跳ね起きるようにもがいた。小さな身体のもがきを、男は笑ったまま軽々と押さえつける。


「そう、もうセクサロイドはいらない。僕が欲しいのは——きみ。恋人からは、せめて名前で呼ばれたいよ。ほら。タイチって、よんで。早く」


 ノイの口がゆっくりと開く。

 ためらいながら開いて、AIに搭載されていない名前を呼ぶ。


「たいち」

「うん。もっと呼んで。ノイ、はいるからね」

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