六章 「もう一つの声」
その事は、私が物心ついた頃に起こった。
悲劇の始まりだった。
いつもお母さんが笑顔で私のことを「かわいい」と言ってくれている。
それはすごく幸せな時間だった。
でもある日から、変わった。
私の身にあることが起こったからだ。
今でも覚えている。
あの日は雨が激しく降っていて、雷も鳴っていた。
私は家の中で怖くて、お母さんにくっついていった。
私の家はあまり大きくなく、壁も薄くて外の音がよく響く。
すると、お母さんはいつものように優しい声で「大丈夫よ」と言ってくれた。
すごく暖かい気持ちになった。
しかし、その時いきなりどこからかお母さんの声で「大嫌い」とか「めんどくさい」という声が聞こえてきた。
私は驚いて、お母さんの顔を見た。
でも、お母さんはいつも変わらず笑顔だった。
そのときの私は何が起こっているのかわからなくて、ただ怖かった。
この声はなんだろうと思った。
だから、ただ泣いた。
でも、そうするとお母さんのその言葉は消えず、むしろどんどん大きく聞こえてくるようになった。
そんな日がしばらく続いた。
だから、私はある日からお母さんの前で泣かないようにした。
どんなことがあっても、泣かないようにした。
いい子であることを心がけた。注意されたことは必ず守るようにした。余計なことは絶対言わないようにした。
それは子供にとって辛いことだった。
でも、よい子にしていると、その怖い声は少しだけ減った。
理由はわからないけど、怖い思いはしたくなかった。
私は子供の頃に子供らしさという特権を放棄したのだ。
ちなみにお母さんからだけでなく、お父さんや別の人からも、言葉にしているのとは別の声が聞こえる。
無意識的に、頭に響いてくる感じだった。
これが私だけでなく、みんなそうなんだと思っていた。
幼い私は人間はこんな力があるんだと思っていた。
だから、ある日お父さんに2つの声が聞こえることを話した。
「そんなこと、外で絶対に言うじゃないぞ」
お父さんは私のほっぺを強く叩いた。
胸を叩かれた訳じゃないのに、どしりと胸に痛みが響いた。
それほどショックだった。
お父さんは普段はとても優しくてこんなことしない。
だから、私はダメなことをしたんだなと自分を責めた。
私はこの時から自信をもてなくなった。
それ以降何をしても、自信がつかなかった。
私はいちゃダメなんだと思った。
生まれてこなきゃよかったのにと思った。
ちなみに、この時お父さんからは「気持ち悪い」と言う言葉が同時に聞こえてきていた。
だから、私は普通じゃないんだとやっとわかったのだった。
この時から、家族は私をおかしい人として扱うようになった。
お腹を痛めて生んだ子をおかしな目でみるなんてどうしてできるのだろう。
でも、やはり家族は大事で、私にとってその事はすごくすごく悲しかった。
子供の世界なんて狭いのだ。 親が大部分を占めている。
そのもっとも愛されたいと願う人から、嫌われたのだから。
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