【異世界ラーメン屋】〔創作落語〕
楠本恵士
【異世界ラーメン屋】①
登場人物
○アパートの大家
○与太郎(失業中)
○異世界と繋がっているラーメン屋の店主
○異世界の女エルフ(狩人)客
○異世界の屈強な男戦士・客
江戸の頃から、城の若君や、豪商の若旦那のような金持ちのボンボンなどは、親のスネをかじって優雅に毎日を過ごす典型的な道楽者でございます。
特に商家の若旦那は、やれお座敷遊びだ、やれ桟敷席で芝居見物だ。
挙げ句の果てには、芸者連中や太鼓持ちの一八まで引き連れて、上野に繰り出して豪勢に桜の花見だなどと。
庶民とは感覚が違い、若旦那という名のセレブたちは浮世離れしております。
ある若旦那などは、臨終の際に「一度くらいは、額に汗水流して働いてみたかった」と、悔やみの言葉を残して亡くなった者もいるとか。
いやはや、日銭を汗水垂らして稼いでおります、わたしたち庶民からして見れば羨ましい限りでございます。
そんな浮世離れした若旦那や若君とは違って、働きたくても仕事がなくて困っている庶民も世の中にはおりまして。
「(ドンドンドン)アパートの大家だけど、与太郎いるかい」
「こりゃ、大家さん……家賃はもうちょい待ってください、もう少ししたら政府からまた特別給付金が出るんで」
「バカ言っちゃいけないよ、給付金なんてのはそうそう何回も出るもんじゃないんだよ……」
「そうなんですか? オレはてっきり、毎月給付金は出るもんだと」
「おまえさんは、お気楽だね……国のお偉いさんだってボランティアで国民全員に給付金出したワケじゃねえんだから。後から増税やらなんやらで、ごっそり庶民から徴収する魂胆は見え見えだ……とにかく、ドアを開けてくれ」
「昨今は、特殊詐欺が横行している時代だから、本物の大家かどうか用心しねぇと……狐が化けているかも知れませんので」
「物騒なこんな時代だから、用心深いのは結構だが。本物の大家だ、とにかくドアを開けてくれ顔を見ないでドア越しに話すのは奇妙な感じだから……狐じゃないから」
「じゃあムジナが大家に化けている」
「おまえさん、外見でモノを言っているだろう……ムジナでもなけりゃ、尻尾も生えていないから開けておくれ」
「合言葉は?」
「合言葉? しかたがないねぇ、山! これでいいかい」
「ひっかかった。最初から、そんなもん決めてねぇ」
「だったら聞くな」
「(部屋のドアを開ける与太郎)あっ、本当に大家の野郎だ」
「だから、さっきから言っているだろう……お邪魔するよ、汚い部屋だねぇ。洗面台に食べた食器でエベレスト山でも作るつもりかい……なんだって、最近同居人が増えたけれど。同居人の分の家賃も払わないといけないのかって……独り身のおまえさんの部屋の、どこに同居人がいるんだい……同居人はゴキブリ!? ゴキブリから家賃なんか徴らねぇよ……足の踏み場もない部屋とは、このことだな……男ヤモメにウジが涌くとはよく言ったもんだ……おまえさん、仕事を探しているって言っていたね」
「毎日、ハローワークに通っています…沈んだ顔をした亡者のような失業者たちの、求職祭りが毎日盛んで」
「そうかい、そうかい、こんなご時世だ。おまえさんがどんな事情で職を失ったかなんて聞かないよ……働きたい気持ちがあるだけも、大したもんだ。四つ辻にあるラーメン屋を知っているだろう」
「あの、小汚ない店の……たまに食べに行ってます」
「小汚ない店は余計だ、あの店の店主がなアルバイトを募集していたから、おまえさんを雇ってくれるように頼んでおいた……おまえさん、ラーメン好きだろう」
「まぁ、三度の飯がラーメンでもいいくらいで」
「ラーメン屋が雇ってくれるかどうかはわからないが、とりあえず行って面接だけでもしておいで……店主は賄い飯は出してくれるって言っているから」
「賄いが食えるんですか、わかりやした。ちょっくら面接に行ってきます」
「(ラーメン屋にテクテク向かう与太郎)しかしまぁなんだな……自分がいつも食べてやっていたラーメン屋に面接に行くなんざ、失業前には想像もしていなかったな……とか言っている間にラーメン屋についてまったよ。相変わらず汚ったねぇ暖簾〔のれん〕だね……端の方からほつれて、スダレみたいになっているよ……どうせなら、横糸引き抜いてスダレ暖簾にしちまった方が……こうやって糸を引き抜いて」
「(店主、店の中から顔を出して)どこかで聞いた声かと思ったら、やっぱり与太郎じゃねぇか……おまえ、暖簾の横糸引き抜いて何やっているんだ」
「お洒落な暖簾にしようと思いまして」
「余計なお世話だ、アパートの家主から話しは聞いている立ち話もなんだ、店に入って適当な椅子に座りな……仕事探しているんだってな、オレの店もアルバイト数名募集していてな。履歴書は書いてきたかい……家主に言われて書いた。見せてみな。なんだこりゃ? 破ったノートのページに書いてきたのかい 。まぁいいさ、なーに、顔見知りの履歴書なんてのは形式みたいなもんだ……どれどれ、希望月収が百万円。週休五日制。休憩一時間を挟んだ短時間労働で、寝ているだけで金がもらえる。超楽な仕事で賄い〔まかない〕つき…ふざけんじゃないよ、バイトでそんな高収入の仕事があったら、オレが先にやっているよ」
「無いですかね」
「政治家とか、特殊詐欺じゃあるまいし……ラーメン屋を甘くみるんじゃない、そんな楽して高額な収入得る仕事じゃねぇんだから」
「へえっ、政治家って働かなくても。適当にちょいちょい仕事するだけで高収入なんですか……それじゃあ、オレも政治家になれば、お大尽の暮らしが」
「政治家ってのはツラの皮が厚い、厚顔無恥じゃなきゃ務まらねぇ仕事だ、嘘をついて追求されても知らねぇ存ぜぬを押し通すくらい。ツラの皮が厚くねぇとな……与太郎のような、薄っぺらなツラの皮じゃムリだ……そんなコトより、どうだ試しにアルバイトやってみねぇか。少しやってみて続けられそうなら、そのまま続けたらいい」
「そうすっね、毎日ラーメンが食べられるなら、やってみても……(与太郎、窓の方を凝視する)大将、オレの目がどうかしちまったのか……窓から、角が生えたでっかいトカゲみたいなのが頭を出しているんですが?」
「おまえの目はどうもなってねぇよ、そうか今日は残飯を回収してくれる日だったか、よしよし」
「なんでぇ、ラーメン屋の大将。でっかいトカゲの鼻先を撫でてトカゲの野郎もノドを猫みたいにゴロゴロ鳴らしてやがる……あっ、トカゲが口からライターみたいに火ぃ吹きやがった」
「(店主、ポリバケツの取っ手をドラゴンに咥えさせる)ほら、このポリバケツに入っているのが今回の残飯分だ、空のポリバケツは食べないで店に返してくれよ……じゃあな、どうした与太郎、ポカンとした顔して」
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