第2話

 今日はオレの十六歳の誕生日。


 七時四十五分、オレは異世界へ魔王を倒す勇者として召喚され帰還した。同じ日の同じ時間に。

 アチラから戻ったオレは気が動転して、その後は泣き叫び、部屋に閉じこもり学校に行けなかった。


 唐突なオレの姿に親は困惑した。同然だ、こんな話誰にもいえない。言えるわけがない。異世界に召喚されて二年間あちらにいたなんて、勇者だったオレが魔術師キーファと、聖女セリスフィアと一緒に魔王を退治したなんて。こんな話言えるわけがない。

 セリスフィアを死なせて、キーファを見殺しにして、ニホンに戻ってきたなんて。現実だったはずなのになかったことにされた二年間。


「夕方来るからね、誕生日のお祝い、しようね?」

「……」


 そうチアキに声をかけられ、ドア越しに遠ざかる足音を聞いた。

 アチラにいた二年間、チアキに会いたくて、あれほど帰りたいと願っていたのに、今はどんな顔して会えばいいのか分からなくなっていた。




 オレを囲った光が収まり、目に入ったのは自分を囲む、漫画に出てくる神官の様なコスプレをした人たちだった。

 「おお!勇者よ!」「成功だ!」「勇者が現れたぞ!」「勇者殿!」口々に叫ぶ人たちに囲まれ、問われるままに答えた苗字の滝藤たきとうから、“タキト”と呼ばれ、騒ぐ人たちに、訳も分からず王様だというじーさんの前に連れていかれた。


 そして言われたのは魔王退治。


「冗談だろ!? 魔物退治とか! 自分の国の問題を異世界の人間に押し付けんなっ!」

「タキト殿、その聖剣はあなたの世界の神から与えられたもの。その神の子であるあなたにしか扱えぬ物なのです」


 聞かされるのはニホンの神様が作ったという聖剣の話と、歴代の勇者だったニホン人の話。


「やめて下さい! オレはフツーの高校生だって!」

「どうか……」


 膝をつく王様に、続く大勢の大人たち。

 自分よりもずっと大人に、頭下げられた。


 魔物退治なんてゲームの中だけ、無理だと、家に帰せと言うオレにあいつ等は、魔王を退治すれば家に帰すと言った卑怯者だった。


 豪華な部屋に入れられたオレのところへ、召喚に関わったキーファという魔術師がやってきた。

 何を言ったのかよく覚えていない、散々文句をキーファにぶつけた気もする。今日は十六歳の誕生日なのだと、そんなことまでぶつけた後キーファは慌てて部屋から出ていき、すぐに戻ってきた。小さな、ホールケーキを抱えて。


「こっちの世界では、誕生日はケーキに歳の数のロウソクを挿して願いごとをするんだ」


 歳の数のロウソクってとこは同じだが、願いごとはしない、なんて話をした。


「さぁ、願いを込めて、吹き消して」


 ロウソクの火を吹き消すオレが願うのは……。


「十六歳の誕生日おめでとう、で、何を願った? 願い事は沢山の人に話すと叶いやすいんだよ」


 それって、周りが叶えてくれるってことなんじゃないか? そう思ったけれど、叶えて欲しいことはただ一つ。


「ニホンに帰りたい」

「…………」


 キーファは何度かクチを開け閉じして、何かを考えるように斜め上に視線をさまよわせていたが、やがて床に膝をつき、右手を左胸にオレをまっすぐ見上げた。


「タキト、君を必ずニホンへ帰すと約束しよう、オレならできる。君が居た場所に、君が来たその日に繋がる道を見ることができる。命をかけて約束しよう。だから、異世界人に頼るしかないこの世界に、希望を。どうか、力を貸して欲しい」


 そう頭を下げられ、もう諦める言葉しか出なかった。


 キーファは約束通りオレをニホンへ送り返してくれた。言葉通り、命をかけて。




「ケイ! お誕生日おめでとう!」


 薄暗くなっていた部屋に入ってきたのはオレの好きなチョコレートケーキを抱えたチアキ。今日はオレにとって二度目の十六歳の誕生日。

 オレの顔を見たチアキは一瞬顔を強張らせたが、すぐによく知る笑顔を作った。


「いっぱい食べてね、ケイの好きなものたくさん作ってきたから!」


 テーブルに並べるチアキの手料理、ずっと食べたかった、あちらにいた二年間、会いたくて、会いたくて、帰りたかった、それだけを望んで、願って過ごしたのに。


「チアキ……」


 キーファと、セリスフィアを死なせてまで戻ってきたオレは、チアキに会えたというのに胸が苦しいだけ。

 チアキはケーキに十六本のロウソクを刺し、火をつけてくれた。


「十六歳の誕生日おめでとう!」


 その姿があちらで、十六歳の誕生日を祝ってくれたキーファと重なった。



 聖女の祈りで魔王の力を封じ、魔王の核となった石を破壊するため、キーファの魔法とオレの持つ聖剣で魔王と対抗した。セリスフィアの祝福によって身体は軽く、最後の闘いに勝利は見えていた。──なのに、魔王の尾はセリスフィアの身体を貫き、オレたちから聖女の祝福が消えた。


「セリスフィア!」


 初めて聖女の名前を呼んだキーファ。“せーじょちゃん”と呼び、一緒に居た二年間一度もセリスフィアの名前を呼ぶことのなかったキーファが、初めて名を呼び、セリスフィアの身体を抱きとめていた。

 側で見ていて、こっちが呆れるほどセリスフィアに対してキーファは好きな子をいじめる小学生のようだった。

 キーファは力のないセリスフィアの手を支えるように杖を握らせ、オレの身体に聖女の祝福が戻った。


「タキト! 核を破壊しろ!」


 オレは聖剣を叩きつけるように魔王の核を砕いた。


「やった……」


 振り向いたオレは、見知った光の輪が足元に広がるのを見た。


「キーファ!?」


「タキト、お前はいい男だよ。お前に告白されて喜ばない女はいない、オレが保証するよ。元の世界で、チアキちゃんと上手くいくことを祈ってる……」

「キーファ!!」


 視界が白く光りに覆われる前に見たのは、残された魔物たちに囲まれた中、セリスフィアを抱いたキーファが彼女に口付ける姿だった。



「チアキ、オレ……」


 ボロボロと止まらない涙にチアキは「もう、いいんだよ」とオレを抱きしめてくれた。


「いいよ、もういいんだ」


 もういい? 何が……? ゆるっと上げた目が近くで合い、チアキはやさしい微笑みを浮かべて言った。


「おかえり、勇者タキト」


「…………は?」



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